記憶にない再会 -09-
「なんでわざわざこんなことしなくちゃいけないかね? ガキの喧嘩か?」
レオを説得して外に出すのには少々手間取った。と仲違いしたままにはしたくはない……兄弟達は話し合ってそう結論づけた。
ぶーくさ言いながらも律儀に待ち合わせ場所に来ているのだから、心の底からを嫌っているわけではないのだ。
長年共に過ごして来たからそれはよくわかる。レオのあれらは確かに度が過ぎた態度だが、単に拗ねているだけでが謝ってくるのを期待している。
周りに説得してお膳立てされてやっとで重い腰をあげたフリをしているのだけだ。他の兄弟達はそれに気づいているのでそれ以上レオに何も言わなかった。
エイプリルがを説得してこのビルの屋上まで連れて来ることになっている。レオの独り言を聞き流しながらがやってくるのを待つだけだった。
そうやっていると、慌ただしい足音が聞こえて来た。
「まずいことになった!」
屋上の扉を開ける音と共に飛び込んできたのはエイプリルだ。の姿はなく、それだけで彼女に何かがあったことが分かる。
「どうした、何があった?」
エイプリルのいつもと違う様子にいち早く反応したのはラフだった。いつもよりも鋭い声で聞く。
「変なミュータントにを連れていかれたの! あんた達のこと知ってた、シンシナティ廃地下に来いって!」
「変なミュータント?」
「どういうやつだ?」
「こう、背中に棘の生えたでかいハリネズミみたいなやつ」
ミュータント、というものは人間と比べたらほとんどが“変な”がつくだろう。エイプリルが手を使って表現すると、マイキーが指差した。
「それ! この間レオがノしたミュータントじゃない?」
「小物はいちいち覚えていられないな」
レオは素知らぬ方を向きながらぼやく。
「なにそれ、知ってんの?」
「に襲い掛かろうとして助けたんだよ!」
「あいつ、恨みでを攫ったってのか?」
エイプリルの言う通り「まずいことになった」。を助けるには誘いに乗らなくてはいけないだろう。それまで知らない顔をしていたレオが息を吐いた。
「あーあー迷惑なヤツ。どうせよそ見してたんだろ? ニューヨークの犯罪発生率を舐めてるとしか思えない」
「レオ」
「んで? どこに行けばいいんだっけ?」
***
「あのガキ、どこ行きやがった!」
嗄れた怒鳴り声が使われていない地下鉄のホームで響き渡る。物陰に潜み、身動きどころか呼吸をした音だけでバレてしまうのではと思い、細い呼吸を続け、胸を撫でて忙しない心臓を宥めた。
呼吸をすると感じるカビ臭さと、ひんやりとした地下の空気がさらに私の恐怖を増加させた。
私を連れ去ったのは先週私を食べようとしたあのミュータントだった。
連れ去られている時、聞こえてくる独り言を聞くに、レオ達に“食事”を邪魔されたことを恨んでいるようだった。私を食べるために、というよりは恨みを晴らすつもりで攫ったらしかった。執念深いのかもしれない。
ほんの隙をついて、どうにかバケツから逃げ出すことに成功したが、このままだと見つかるのは時間の問題だ。
頼みの綱であるスマホはすでにヤツに奪われてしまっている。どうにかしてここから離れなくてはいけない。ゆっくりと足音を立てないように歩き始めた。
心臓は今にも取れそうなくらい忙しなく動いていて、吐きそうだ。
地下のホームを抜け、階段が見えて来た。暗くて見づらいけれど、どうにか歩くことができそう。足音を立てないよう、繊細に注意して足を運ぶ。
注意しているつもりだった。生暖かい息が私の首に掛かったのを感じて思わず後ろを振り返れば、ミュータントが立っていた。ミュータントがにたりと笑い、真っ黒な空洞のような口から黄色い歯が覗く。
「みぃつけた、かくれんぼは楽しかったかな?」
気味の悪い声音がかかり、その場から逃げ出そうとするが、太い腕が回り込んできて私を捕まえ、逃げられないよう高く吊り上げられてしまった。
「初めからお前がどこにいたのか気づいてたんだよ! 俺は耳がいいからなぁ、ちょっと暇つぶしに遊んでやったんだ!」
高く吊り上げられて、もがいても逃げ出すことはできない。ゲラゲラと下品な笑い声が辺りに鳴り響く。
その声を聞いていると、さっきまでどうにか耐えていたものが崩れていき、恐怖で涙が溢れた。
突然体が自由になった。体は10フィートほどの高さから落下する。突然のことで受け身はとれず、硬くて冷たい床に体を打ちつけてしまった。しばらく痛みと衝撃で動けない。
私の頭上で、言い争う声と、何かがぶつかる激しい音がした。痛みもあるけど、すくんでしまって体を起こすことができない。そのまま身を丸くすることしかできなかった。
丸くした体に腕が回り込んできた。先ほど回ってきた腕よりも細い腕。その腕が私を持ち上げた。再び浮遊感。今日でこの感覚も何度目かなので、胃がひっくり返るような感覚はないけれど、声が出ない。
再び地面に足がついた時、安心してしまってその場にへたり込んでしまった。遠くであのミュータントの怒鳴る声がする。
「」
名前を呼ばれて、前を見た。辺りは暗いけど、至近距離にその顔があるのでそれが誰なのかすぐに分かる。
レオナルドが私を不安そうな表情で見ていた。
2024.03.17