記憶にない再会 -10-
「……泣いてるのか?」
レオが私の顔を覗き込んでくる。泣いていない、と否定したところでタイミング悪く涙が溢れたので説得力がない。声を出したら涙で声が震えそうでそれを聞かれるのが嫌だったので、首を振った。溢れた涙をレオが指で拭ってくれた。
「悪かったよ」
短い謝罪に少し驚いた。彼が謝るような人だと思っていなかったから、そんな言葉がレオの口から出てくるとは予想以外だった。もう一度首を振って、声の震えをできるだけ抑えて伝える。
「……助けてくれて、ありがとう」
そう伝えると、レオが目を逸らして自分の頬をかく。……どうやら照れているらしく、また予想外の反応に私まで少し恥ずかしくなった。
「危ない!」
その時、レオの背後からマイキーの悲鳴が聞こえた。次の瞬間何が起こったのかすぐに理解ができなかった。
レオが私を抱きしめたかと思うと、本日何度目かの浮遊感。どうやら、レオの背後から攻撃されたらしくその衝撃で私とレオの体が吹っ飛んだ。レオがちゃんと庇ってくれなかったら怪我をしていた。
しかし、受け身を取れず、足が絡みあって私たちはごろごろ転がった。転んでしまってもレオは私の体をしっかり離さないでいてくれた。
「大丈夫か!」
「わ、私は大丈夫。レオは」
怪我はない? そう続けようとした。でも、言葉が続かなかった。唐突に周囲の明かりが全て消えてしまい、真っ暗なる。突然、何が起きたのか困惑した。
「レオ! から離れるな!」
暗闇のどこかからラフの声が聞こえた。立て続けに何かの衝撃音とラフの短い悲鳴が聞こえた。何が起こっているのか分からない。戸惑っていると、手を取られた。
「そばにいろ」
レオから緊迫した声で命令され、暗くて見られないのに何度も頷いて、握り締められた手を握り返す。
「そこにいるな?」
ミュータントの声が背後から聞こえた。レオがぐいと私を引っ張って攻撃を防いだ。レオが握っていた剣の打ち合う鋭い金属音がすぐ耳元でした。暗くて何が起きているのかはっきりとは分からない。レオが私を庇って戦っているのだということは分かる。
「おいこっちだ!」
突然、ライトが照り出した。ミュータントの背中をドニーが持っている機械が照らしている。ミュータントは雄叫びを上げてドニーに目掛けて鋭い爪を振った。
「よそ見するな、逃げることを考えろ!」
「でも、ドニーが!」
「あいつなら大丈夫だ!」
レオが言い切るか言い切らないか、というところで再び真っ暗になった。真っ暗の先でドニーの「ぎゃあ!」という声が聞こえた。レオに手を引っ張られ、暗闇のどこか物陰に連れてこまれた。
「……大丈夫じゃなかったな」
「他人事みたいに言わないでよ、このままじゃあいつにやられちゃう」
ひそひそ、と声を顰めながら話す。暗闇の向こうで、ラフやマイキーの声が聞こえてくる。暗闇の中で戦っているらしいが、状況はあまり良くなさそうだ。
「音で俺たちの場所がわかったみたいだな。せめて、あいつがどのあたりにいるかだけでも分かれば……」
ヤツは、暗闇に紛れて私たちを錯乱させながら攻撃している。レオの言葉にピンと閃いた。興奮を一生懸命抑え込みながら小声で話す。
「ねぇ、スマホ持ってる? 貸して」
「は? なんでこんな時に」
「いいから、早く」
しぶしぶ、という感じでレオは何かを私に差し出す。手探りでそれを受け取って電源ボタンを押す。電話画面を開いて自分の電話番号を打って、発信した。
暗闇の中で私にスマートフォンの着信音が鳴り響いた。
「なんだ、この!!」
ミュータントがポケットに入っていたスマホを取り出し、着信を切ろうとする。
画面が光ってミュータントがどこにいるかが分かる。その隙をレオ達は見逃さなかった。まるで風のようにレオが飛び出し、ミュータントに目掛けて走る。
スマートフォンのわずかな明かりに照らされ、一瞬、ミュータントに向かって武器を振るう四人の姿が見えた。鈍い音と共に再び暗くなり、静かになった。
ガコンという音共に照明が戻り辺りが明るくなると、思ったよりも近くに四人がいた。その遠くで黒い毛のミュータントが倒れているのが見える。
「、大丈夫?」
マイキーが顔を覗き込んでくる。
「う、うん……」
「無事でよかった!」
「わっ」
マイキーが抱きついてくる。でも初めの頃ほど戸惑いや不快感はない。お互いの安否を確認し合うように私もハグを返した。
「迷惑かけてごめんなさい」
「が無事だったんだからいいんだ」
ラフが笑ってドニーの肩に腕を回して言う。ドニーもまんざらでもなさそうに頷いているので、私の罪悪感は薄れていく。
「さ、ここを出よう? エイプリルが心配してたよ」
「うん」
返事をして立ちあがろうとする。しかし……足に力を入れても立ち上がれない。
安心してしまったのか、それとも慣れないことの連続で疲れてしまったのか……立ち上がり方まで忘れてしまったような感覚に陥る。
「あ、あれ?」
「俺の助けが必要かな? バンビちゃん」
軽口を言いながら手を差し伸べたのはレオだった。私をからかうような表情だったが、おかしくて笑った。ありがとう、と手を取れば、立ち上がられせてくれた。
「よーし、じゃあ帰ろう!」
マイキーが意気揚々と号令をかけ、歩き出す。その早い足取りにドニーが「もっと遅く歩け、マイキー」と言っている。
そのやりとりを微笑ましく守りながらゆっくり歩き出す。ふと、自分の手元を見る。その手は未だにレオと手が繋がっているからだ。その繋がれた手、腕をたどるようにレオを見た。レオはこちらをチラッとみてまた目を逸らし「なんだよ」と小声で呟く。
「えっと、レオ、手……」
「これは、あれだ。がまた迷子にならないための対策のために仕方なくだ!」
「迷子になるわけないじゃん、みんないるっていうのに……」
不満げに答えるが、その手がほどける様子はない。それどころか強く握り締められる。
「いーから! ……またいなくなったら困るだろ」
レオと目は相変わらず合わない。人とは違う人相だから、顔色はよく分からないけれど、きっと照れているんだと思う。
なぁんだ、レオも可愛いところあるんじゃんと隠れて笑った。
「それはどうも。じゃあ、私がいなくならないようにしっかりエスコートしてよ」
「……おお」
おざなりで小声の返答が返ってくる。遠くでマイキーが「二人とも遅いよ!」と非難する声が聞こえて、再び歩き出した。
その手触りは人のそれとは違う。でも、大きくて熱くて、なんだか安心する。
2024.06.02