記憶にない再会 -08-

これは何かあった。

エイプリル・オニールは友人であるマイキーのため息を見て思った。悩ましげに彼は時折ため息をつく。
街の一角で兄弟達がいつものように固まっているのを見つけ、声をかけたが、その奇妙な空気は感じ取っていた。喧嘩をしたにしては空気が澱んでいて、なんだか不気味だった。

「……なんかあったの?」
「なんもー」

とりあえず近くにいたレオに聞いてみるが、そっけない返答。何あの態度。睨んでみるがレオは素知らぬ顔だ。非難するようにドニーとマイキーをみると彼らも目線を少し逸らした。

「まぁ、あったといえばあったけど」
「珍しく煮え切らないわね。一周してちょっと怖いんだけど」
「前、僕らに離れ離れになった兄弟がいるって話したでしょ?」
「ああ……そんな話あったね」

その話を聞いたのは何年か前のことだ。何がきっかけでそういう話になったのかは覚えていないし、詳細は聞いていない。彼らにはもう一人兄弟がいたことを聞いている。その人物がどういった経緯で離れ離れになってしまったのかまでは聞けずじまいだった。

「先週、その兄弟に会ったんだよね。それで、声かけたんだけどあっちは僕らの家族のことなーにも覚えてないの」
「そりゃ記憶がない本人にしてみたら、急に亀のミュータントが家族だって言い出したら怖いだろうさ」

二人の話を聞いていると、エイプリルはあることを思い出す。……道端で知らない人物に声をかけられ、急に自分の家族なんだと言われた? そんな話、つい最近聞いたばかりだ。

「……ねーえ、その人の名前、まさかって名前の女の子じゃない?」

マイキーとドニーが目をひん剥いた。二人はエイプリルに詰め寄る。

「なんでエイプリルがを知ってるの!?」
「知ってるも何も、同じ学校の生徒よ! 二週間前に転校して来て、科学の実習グループが一緒だから時々話すの。
で、ついこの間変な人に声をかけられたって話してたんだけど、まさかそれがあんた達だったなんて……」

兄弟、と聞いててっきり彼らと同じく亀のミュータントだと思っていたのだ。まさか、人間の女の子だとは思いもしなかった。

「僕らのこと変人扱いしてたのか、あいつ」
「いきなり自分たちは家族だなんていう亀のミュータントがまともに見える?」
「ぐ……」

正論を言われ、言葉が詰まるドニーの横でマイキーは飛び跳ねた。

「でもこれって仲直りできるチャンスじゃない!? エイプリル、お願い、をまた連れて来て!」
「ちょっと待って、色々理解が追いつかないから分かるように説明してよ……」

***

奇妙な週末を過ごし、週明けの午後。今日の授業を全て終え、学校を出た。脳内は相変わらず亀の兄弟達のことでいっぱいで、授業どころではなかった。とにかく時間が経てば忘れてしまうはず。とにかく今は日常をこなすことにした。
そう思って授業に集中したり、普段チェックしないキュレーションサイトを見て回ってみたりもしたけど、思考があの亀達のことを思い出してしまう。おかげで一日ずっとブルーな気分だった。

とぼとぼと歩いていると、後ろから私の名前を呼ばれた気がして、振り返った。すると、エイプリル・オニールが駆け寄ってきた。

! よかった、間に合った」
「エイプリル、どうかした?」
「用ってほど急いでるわけじゃないんだけど……今日時間ある? ちょっとスムージー飲みながら話さない?」

思いがけないお誘いだ。これまで仲のいい友達ができそうな気配はなかったのけれど、もしかしたら友達になれるチャンスかもしれない。

「う、うん! 大丈夫」
「よかった! 色々聞きたいことがあってさ」
「聞きたいこと?」

隣を歩き始めるエイプリルはうーんとか、えっと、とか言葉を考えているようだった。科学の授業でしか話したことがないけれど、自分の意見をはっきり言う彼女にしては珍しい。

「前に、変な人に声をかけられたって言ってたでしょ?」
「うん、話したね」
「もしかしたらその人達、私の知り合いかもなって思ってさ」
「そんなわけないよ。ありえないって」

エイプリルはこういう冗談を言う子じゃないと思ってた。あの亀達と知り合いなんてあるえることじゃない。

「ラフ、ドニー、マイキー、レオ」
「え」
「違った? その変質者たちの名前」
「なななななんで……?」

エイプリルの口から彼らの名前が飛び出てくるとは思ってもいなくて、動揺してしまった。挙動不審になる私を見て、エイプリルはカラカラと笑った。

「ほらやっぱりね」
「エイプリル、彼らのこと知ってるの!?」
「知ってる、これでも長い付き合いなんだよ。でもまさか、あいつらの兄弟がだったなんて。普通の女の子だと思ってたけど、ぶっ飛んだ人生を送ってるね」

世の中って何て狭いんだろう。90万人が住んでいるニューヨークでこんなにも知り合いの知り合いという人に巡り会うなんて。しかも、相手は隠れて暮らす亀のミュータント。

「ざっとだけど事情は聞いてる」
「……もしかして、スムージーも何かの口実だったりする?」
「実を言うとね。マイキーにあなたとレオを仲直りさせて欲しいって頼まれたの」

エイプリルともしかしたら友達になれるかも、と期待した。でも、そういう理由で私に声をかけたことを知ってちょっとだけがっかりした。

「……でも、レオにそういう気はないと思うけど」
「私の感だと、一番あんたのことを気にしてるのはレオだと思うけど?」

一体何を根拠にそんなこと言うんだろう。私とレオが仲直りできるとは思えない。そう思っているのがエイプリルに通じたのか、彼女は私の肩に手を置いた。

「ねぇ、正直に言ってもらっていいんだけど、はあいつらと今後関わりたい?」
「え?」
「私も成り行きで頼まれたからこうして話してるんだけどさ、がもう関わりたくないと思うのなら無理することはないと思う」
「私……」

私はどうしたいのか。そう問われて考えてみる。人間とは違う姿をしている彼らにまた会いたいと思うかどうか……。
口を開こうとしたその時だった。私とエイプリルの体に影が落ちた。突然薄暗くなったことで、私とエイプリルが見上げると、目の前は真っ青だった。真っ青のそれが私の頭上に落ちて来て辺りは突然真っ暗になった。

「わぁああ!」

体に襲いかかる衝撃と浮遊感。突然落ちて来たそれに体を掬われて身動きがとれなくなる。それは大きなバケツだった。バケツといっていい大きさなのか分からないけれど、そう言い表す他ない。

「ちょっと! あんたなんなの!?」

バケツの外でエイプリルの怒る声が聞こえて来た。エイプリルは捕まらなかったらしい。バケツの外へ這い出ようと淵に手をかけたが、大きく揺れてまた転がってしまった。バケツは誰か持っているらしく大きく揺れる。

「お前らのお友達の亀どもに伝えろ! お友達を助けたければシンシナティ廃地下に来いと!」

バケツは大きく揺れ、もはや立つこともできない。エイプリルの「!」という声が遠ざかって行く。
どうやら私は、何者かに誘拐されてしまったらしい。

2024.01.13