記憶にない再会 -06-

マイキーによる隠れ家案内ツアーによってあちこちの部屋を見せてもらった。秘密基地というには大規模で、住むには十分すぎる機能を持つ住処だ。そのいくつかの機械はドニーの開発によるものらしく、その機械の機能を彼は自慢げに説明してくれた。

「ここがの部屋だよ」

最後に私が使っていたという部屋に案内してくれた。小さな子供部屋と言うべきだろうか。奥まった壁にロフトがあり、女の子が使うようなデザインの古い子供机や椅子、ぬいぐるみなんかが飾られている。ちょっと前まで女の子がそこで暮らしていた、という感じで小綺麗にされていた。

がいつ帰って来てもいいようにたまに掃除してたんだよ」

マイキーが説明してくれる。部屋の中に入ってぬいぐるみを一つ手にした。ずいぶん古いものだったけど、埃もつもっていない。

「……何か思い出した?」

マイキーが切なげに聞いてきたので思わず振り返った。彼は笑っていた。でも、何か懇願するような表情でチクリと胸が痛くなった。何一つ、思い出さない。

「ううん……本当にごめんなさい」
「どうして謝るの? は何も悪くないよ」

あっけらかんとマイキーは言って「ツアーも終わったことだし、戻ろう?」と促して先に部屋を出て行った。彼らはこんなにも私に対して親切に接してくれている。きっと、仲のいい家族だったのだ。でも、どうして何も思い出さないのだろう? 私にだってその記憶があっていいはずだ。心にぽっかり穴が空いていることに気づいたような感覚がして、その感覚がさらに輪をかけて居心地を悪くさせる。
マイキーはここにいた時の記憶を思い出させようとしているのが分かる。その気持ちは嬉しい。でも、どれも初めて見るものばかりで、何も感じない。マイキーの気持ちに答えてあげられないことが辛かった。

「無理に思い出さなくてもいいんじゃないか?」
「え?」

ふと、そう言ったのはドニーだった。

「初めはなんで覚えてないんだって腹も立ったけどさ。覚えてないんだったら仕方ないだろ。お前が覚えなくても、僕らが覚えていればいい話だ」

皮肉を言うような口調だった。その言葉に苦笑して「ありがとう」とお礼と返事をした。笑いかけるとドニーは照れたように目線を逸らした。

マイキーの後を追うように戻ると、何やら騒々しい言い争う声が聞こえた。なんだろうと覗き込めば、マイキーとレオが揉めていて驚いた。内容は実にくだらない、子供じみたものだ。

「それ最後にとっておいた僕のサンドイッチ! 返してよ!」
「おいおいおい、マイキー君。この家のルールを忘れたのか? 食べ物は早い者勝ちって!」

マイキーがレオの高く掲げるサンドイッチに手を伸ばすけれど、レオがもう片方の手で防いで届かない。余裕たっぷりという表情で、彼はサンドイッチにかぶりついた。なんと言うか、すごく生き生きとした笑顔だ。

「ん〜、粒マスタードのスパイスが効いててなかなかイケるじゃーん……って」

サンドイッチに舌鼓を打つレオとばっちりと目が合ってしまった。その瞬間、たった今口に含んだサンドイッチを吐き出して、私の方を指差した。隣の立つドニーが「きったな」と悪態ついて私の心の声を代弁した。

「なんっ……!? なんでこいつがここにいるんだ!! 誰の許可でこいつを入れた!?」
「僕が招いたの。別に何もおかしなことなんてないでしょ? ここはの家でもあるんだから」
「ぐ……俺は認めてねぇぞ、こいつは自分からここを去った上に、俺たちのことを忘れた薄情者なんだからな! もしかしたら人間に俺たちの情報を売っちまうかもしれねぇぞ」

レオが大袈裟に声を震わせるが、マイキーとドニーは胡散臭げに睨むだけだ。

「わ、私そんなことしないよ」
「なんでそんなににつっかかるんだお前は」

ドニーの問いかけにフンと息を吐いてレオは手を広げる。

「俺たちはミュータントで、こいつは人間だ! 生きる場所が違うって話をしたよな? そう納得したよな? なら、これからもそうするべきだ。違うか?」
「レオ、そんな言い方ないでしょ。は僕らの家族だよ?」
「俺はこいつが家族だなんて認めねぇからな!」

レオの主張を聞いていると、悲しさと怒りが込み上げて来た。彼らとの家族という感覚はもう失われている。それなのに、どうしてか胸に悲しいものがつっかえて、今にも溢れ出しそうになるのだ。喉に溜め込んだ悲しみは水が熱湯に変わるようにふつふつと怒りに変化していった。
気づけば、私は声を上げていた。

「認めてくれなくていい!」

叫べば、自分の声ではないような気がした。私の声がその場を凍り付かせる。彼らが一斉に私を見た。

「別に、私は何も覚えてないんだし? 別にあなたが認めなくても全然私は気にしないし、というかどうでもいい!」
「……あーそうかよ! ならよかった!」
「ええ、本当に!」

もう頭に完全に血が登っている状態だった。部屋のすみに置いたリュックを背負い、宣言するように「帰る!」と告げた。

「ま、待ってよ!」
「ついてこないで! ……ごめん、一人になりたい」

マイキーがついてこようとするので拒否すると、彼は悲しそうに俯いて佇んだ。やっぱり、私はここに来なかったほうが良かったんだ。
最低な週末にした罪悪感を抱えながら、私はその場を後にした。

2023.10.20