Lost Utopia 12

ステラ、そして船長でもあるジョナスへの事情説明をすると、想像はしていたがステラは難色を示した。

「事情は分かりました。……ですが、様の状態はまだ安定しておりません。まずは安全の確保と心身のケアを受けるべきかと。コールドスリープはあくまで緊急的な処置です。長期のコールドスリープは身体への影響も考慮する必要があります。ですので、あまりおすすめは……」
「ステラ、この方法を試したいの。どうにかできない?」
様がご友人を助けたいお気持ちは分かります。ですが、様の身体の負担もありますし……」
「──許可しよう」

それまで無言だったジョナスが口を開いた。ステラは驚いたように自分の上司を振り返る。

「ジョナス様? どうして……」
「君はまだ理解していないようだな。フフ、これは単なる冷凍冬眠などではないのだよ」

いつものような演技がかった口調で話すジョナスに全員が彼を見る。

「時空を超え、幾星霜を渡る魂の巡礼とも言うべきか……。愛しき者との再会を果たすため、自ら凍土へと身を委ねる──ふ、まさに“浪漫”だと思わないかね」
「思わねーよ、何言ってんだおっさん」

沙明の冷ややかなツッコミもジョナスは気にする様子もない。ステラは困惑しながら反論した。

「ですが、様の現状でコールドスリープするのは負担が大きいです。せめて……」
「それでも彼女は行くと言っているのだ。たとえ苦難の道だとしても、な。それが定めならばこのジョナス、止めはしないさ」
「ジョナス……ありがとう」

ステラは何か言いたげではあるが、上司が許可するなら止める手立てはない。がお礼を言うと彼はまたふ、と笑った。

「冷気に沈む美しき魂を見送る喜び……ふふ、実に興味深い」
「……ジョナス様」
「何も心配することはない。彼女を冷凍するのは義務ではなく、浪漫だ。さあ、さあ……棺を開けようではないか。未来への旅立ちに祝杯を!」

ジョナスは相変わらずの言葉を並べたてているが、ステラや沙明、はその言葉に表情を引き攣らせている。に至っては不安が滲んでいる。

様」

ステラがに声をかける。

様のコールドスリープは今も反対なのですが……ご友人を助けようとする様を、私は尊敬しております」
「ステラ……」
「ですから、どうかご安心くださいね。様が眠っている間は必ず守ります。ジョナス様にアクセスコードを与えませんので」
「……うん、お願い」

は深々と頷いた。

***

この船はジョナスの意向からかコールドスリープ時の衣服は意外と自由だったりする。星や国によってはコールドスリープ用の衣服が決められていたり、何も着られない、なんていうこともある。はいつも着ている衣服から寝巻きに使っているらしいシンプルなTシャツ姿でコールドスリープルームに訪れた。コールドスリープルームは静かで、どこか寒々しい。機械の音が規則正しく鳴っている。

ステラがコールドスリープの機械を動かして用意してくれた。冷ややかな棺桶のような形のコールドスリープ用カプセルのハッチが開く。

様、用意ができました。いつでも大丈夫です」
「ありがとう、ステラ。……悪いんだけど、少し沙明と二人きりにしてくれないかな」
「え、ええもちろん! 私は部屋の外で待機していますね」

ステラの声が跳ねた。少しだけ顔を赤らめて部屋を去っていく。沙明が訝しくその様子を見送っていると「沙明」と声がかかった。振り返ると、がこちらに手を差し出している。

「沙明はそろそろ船を降りるでしょ? もうお別れだと思うから」

別れの挨拶らしい。ふっと笑って握り返す。

「色々ありがとう。沙明が話してくれたおかげで、セツに会いに行けそう」
「ま・こちとら慈善事業してるつもりはないんで、お礼に熱いベーゼくらいしてもいいと思うけど?」

照れ隠しや別れの気持ちを隠すつもりで出てきたのは負け惜しみのような言葉だった。その言葉にがくすくすと笑った。

「そうだね」
「へ」
「次に会った時になら、いいよ」

少しだけの頬が赤い。次、というのがまどろっこしくて今ここで奪ってやろうかとさえ思ったがぐっと耐える。がまた沙明に会いに来る口実をここで奪ってしまうのが惜しかった。
そのやりとりが馬鹿馬鹿しくて笑いが込み上げてくる。

「言質とったからな、忘れるなよ」
「忘れないよ、絶対に。それじゃ、おやすみなさい。……さようなら、沙明」

握ったの手が解かれて、彼女はコールドスリープカプセルへ寝転ぶ。あとはLeViが操作し、コールドスリープの作業が行われる。戸が閉まり、空気の冷える音が聞こえる。そのままの入ったカプセルは壁へと自動的に収まった。すでには眠りについただろう。その一式の作業を見守り、沙明はしばらく動けずにいた。

「沙明様」

ステラに名前を呼ばれ振り返る。彼女は入り口に控えめに立っていた。微笑んで言葉を続ける。

「次の空間転移でまもなく着陸いたします。そろそろお部屋にお戻りくださいね」
「ああ……」

ステラは沙明の返答を待ってその場を立ち去る。沙明はしばらくそこから動けずにいた。もう一度が収監されたカプセルを見る。壁の一部になったカプセルを指先で触れた。わずかに冷たいだけで、何も感じない。

***

……誰かに名前を呼ばれている。何だか懐かしい声がする。大気は温かく、心地がいい。
うっすらと目を開けると、人工的なライトが目に入る。その影になるように、誰かが顔を覗き込んでいる。

なぜ、ここにこの人がいるのだろう。感覚としては長い間眠っていたようには感じない。それでも、コールドスリープ後だからか、思考がまだ鈍い。

「……おはよう」
「よぉ、お目覚めの気分はどうだ?」

どうしてあなたがここにいるの? 船をすでに降りたのではなかったのか? 色々聞きたいことはたくさんあった。それに、話したいこともたくさんあった。自分が体験したことの話。きっとあれは夢じゃない。あの宇宙でセツに会って、彼女のループを止めることができたことを話したい。
でも、そうするにはまだ頭の動きが追いつかない。それに、それよりも言いたいことがあった。やっと一つ言葉にすることができた。

「待っててくれたの?」
「……ターイムアーップだ。もう待てねぇよ」

人をおちょくるようないつもの口調なのに、なぜか涙で声が震えているように聞こえた。視界はまだきちんと沙明を捉えられない。
唇が降ってきた。目覚めたばかりでまだ身体が冷え切っているから、沙明の体温を熱く感じた。

2025.12.06