Lost Utopia 11
「……で、実際問題どうすんワケ?」
食堂を出て二人で並んで歩く。沙明はの速度に合わせて横を歩いているだけで、彼女がどこへ向かっているかはまだ聞いていない。
「やっぱり、鍵の持ち主に聞くのが一番かなって」
「鍵の持ち主って……」
「あ、言ってなかった? 銀の鍵の持ち主は元々ラキオだったんだよ。とはいっても、もうこの宇宙に鍵はないし、ループする手段はもうないってラキオに言われちゃったんだけどね」
いつだったかラキオとが話していたことを思い出す。あれはこの話をしていたのだろう。
「でももうループできねぇって言われたんだろ? もう無駄なんじゃね?」
「そうかもしれないけど……最後まで足掻いてみる。夕里子に言われたとおりね」
は少しいたずらっ子のように笑って見せた。また見たことのない彼女の表情を一つ見れたことに、沙明は何も返答できなかった。
***
「──で、バカ正直にノコノコとやってきたってワケかい?」
ラキオはメインコンソール室にいた。レムナンと今後の進路や方針について話していたらしい。の事情説明を聞くと呆れたように息を吐いた。
「もうこれくらいしか思いつかなくて」
「やれやれ、いくら僕が優秀だからと言って、万能じゃないンだ。あんまり当てにされても困るンだけど?」
「偉そーに言いやがって。結局ボクもお手上げって言いたいんだろ?」
沙明がからかい混じりに聞くと一瞬ムッとした表情を見せた。しかし、すぐに嘲笑するようにふんと笑い返した。
「そんな分かりやすい挑発に乗るつもりはないよ。ただ……そうだな、可能性は0じゃないのかもしれないね」
「本当!?」
は分かりやすいほど表情を変えた。身を乗り出し、ラキオに顔を寄せる。その勢いにレムナンが肩を震わせて驚いていた。ラキオが「近いから離れてくれる?」と言い、沙明がの腕を引いて距離を離す。
「キミは100を超えるループを体験してきた。そして、この宇宙でループを終えてセツは銀の鍵と致命傷を負ったキミを連れて次の宇宙へ旅立った。……これは間違えようのない事実。合っているかい?」
ラキオの確認には深く頷く。
「これはあくまで仮説だけど、キミの宇宙でループは終わっているけれど、まだ続いているものとも言える」
「どういうこと?」
「この宇宙に行き着く前は別の宇宙にいた。つまり、この宇宙がループの終着点だ。この宇宙もまたループによって繋がっている時空の一つとも考えられないかい?」
「それは、こじつけじゃねぇのか?」
沙明は胡乱げにそう聞くと、ラキオはちらりと見て話を続ける。
「……僕はあくまで仮説の話をしているンだけどね。最終的に判断するのは彼女だ。──話を戻そうか。この宇宙が最後のループ地点と考えれば、まだキミのループは続いているンだよ。けれど、最後だ。、キミはこの船でまだしていないことがあるはずだ。何か分かるかい?」
ラキオの問いかけにはゆっくり口を開いた。
「船を、船をまだ出ていない」
「そう、キミはまだこの船から一歩も出たことがない。キミのループはこの船の中だけで繰り返され続けていた。これが一つの鍵だ。キミがこの船を降りた時点で、ループは完全に終わると言ってもいいだろうね。ハハッ! 地球で船を降りなくて正解だったかもしれないね!」
「……なーんかうさんくせーな。俺にはどうも信用できねェ話なんですけど」
沙明は相変わらず疑っているようだった。しかし、それに反対するように小さくレムナンが口を開いた。
「ええと……銀の鍵とか、ループとか、僕には何も分かりません。……でも、さんが最初に言ったようにラキオさんが元々の持ち主なら、彼が一番詳しいはず、です。あながち間違っていないと、思います」
レムナンの擁護にラキオは気をよくしたらしく、さらに言葉を続ける。ラキオの舌は油が乗ったようにするすると言葉を乗せていく。
「じゃあ次にその手段について話そうか。ループする条件は確か三つだったね。“最後まで消されずに生き残った場合”、“逆に消された場合”、“コールドスリープした場合”……。この三つのいずれかが起きた場合に再びループされる。しかし幸か不幸か、この船にグノーシアはいない。とすると二つは実行不可能だ」
「じゃあ、コールドスリープしたら、またループする……?」
が希望に満ちた表情でラキオを見つめる。しかし、先ほどまで楽しそうだったラキオの表情は固いものに変わった。
「さっきも言ったけどね、これは仮説なんだ。ここには銀の鍵もないし、再びループする確証もない。でも、どうするか決めるのはキミだ、」
ラキオの言葉には少し黙った。何か考え込むように視線を落とす。
「胡散クセェけど、可能性ならあんだろ」
それまでどこか嘘くさそうにラキオの話を聞いていた沙明が口を開いた。全員が彼を見る。
「根拠は?」
「アンタが言い出したんだろ、知るか。……けど、この宇宙が他の宇宙に繋がっているのは確かだ。俺の見てた夢がそれだ」
「夢、ですか?」
「……ここ最近、ずっとこの船の中でグノーシア騒動に巻き込まれる夢を見続けてたんだ。俺が人間のときもあれば、グノーシアだった時も。……ハッ、がループの話をした時まで、頭がどうにかしちまったのかって思ったんだぜ? 毎日、グノーシアパレードでよ。けど、あれはその宇宙の俺の記憶みてーなやつだって思うと納得してる自分がいる」
初めて夢の話をしたからか、は驚いていた。
「沙明、そんな夢を見ていたの?」
「ああ、だから可能性はあるんじゃねぇの? 俺が夢見たんだ。ループしていたあんたも、同じように夢を見て……セツのいる他の宇宙に行けるんじゃねぇ?」
をじっと見つめると、彼女は泣きそうに笑う。セツに会えるかもしれない可能性に希望を見出しているらしい。その表情をみて、喜びと同時に切なさを感じる。
「フン……試してみる価値はあるね。僕も興味がある。実行するなら協力するよ」
「私、やってみたい。セツに、会いに行きたい」
は力強く答えた。これで彼女とは別れることに、沙明は気づいていた。
2025.10.13
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