Lost Utopia 05

“おはようございます。沙明様”

LeViのアナウンスが狭いカプセルに響く。目の前にはもう見慣れてしまった引く天井。それまで見ていた夢に沙明はすぐに身体を起こせなかった。
……今の夢は何だったんだよ。と頭でぼやく。これまで見てきた夢とは全く違うものだった。まるで、体験していたように鮮明だ。ぐっすり眠れて睡眠不足は解消できたものの、脳の疲労感はあった。

「……

ふと、夢の中で協力し合っていた仲間の名前をぼやく。彼女の存在を思い出して身体を起こしカプセルの扉を荒々しく開けた。

食堂に駆け込むとその中にいたコメットとシピが驚いたように沙明を見る。

「うぉ、どーしたんだよ沙明。そんなに慌ててさー」
は!?」
? だったら展望ラウンジの方に行ったな」

シピの問いに返答もしないまま展望ラウンジへ向かった。広い展望ラウンジにはとククルシカが並び立ち、二人で頭上の星を見ているようだった。

!」

名前を呼ぶと彼女が振り返った。突然大声で名前を呼ばれたことに驚いたらしいは、戸惑ったようにこちらに目線をやる。

「どうしたの? 沙明」

沙明の心境を知らないの声は、やけに間延びしているように聞こえた。沙明は息を切らしながら彼女の肩に手を置いた。にきちんと触れられる。彼女の体温を服越しに感じる。消えていないのだと気づくと深々とため息が出た。
はククルシカと顔を見合わせて首を傾げていた。

何か用があったんじゃないの? と困惑するに適当なことを言って部屋に戻った。睡眠はしっかり取れたものの、かなりリアルな夢を見たからか精神がすり減ってるような脳の疲れを感じている。しかし、頭は昨日よりもクリアだ。
この連続している夢はただの夢ではないと感じていた。実際に経験していて、忘れているだけなのかもと予想する。しかし、なぜ毎回が出てくるのだろう。他の乗員はついさっき見た夢に出てきたが、との対話を毎回夢の中でしている。

ふと、あの名前も姿も分からないモヤがかった人物を思い出す。記憶の中のその人物の声や形はより一層曖昧な存在になっていた。しかし、夢の中のはその人物に笑いかけていることは覚えている。あの笑みはその人物に心から信頼を置いている印象がある。
あれは、何だったのだろう。今、ここにいる乗員の誰かのことだろうか、それとも……。
そこまで考えて、唐突に思考を中断させた。どうだってよくなった。

「かったりぃな。やめだやめ。こんなの考えたって時間の無駄だ」

誰もいない共同部屋で誰に言うわけでもなく、そう声にする。
しばらくこの船に乗っていれば、自分の住まいがある星に帰られる。そうなればこの船もともお別れだ。そう決まってるのならこれ以上考える必要はないだろう。

***

それから数日船で過ごした後、コメットとシピが下船することを知った。この近隣にある惑星で用事があるのだという。

「シピが変わった生き物を買い取ってくれるっていう業者を知ってるんだって。そこでこの粘菌買い取ってくんないかなって思ってさ!」

コメットの全身に刺青のように張り付いたそれは粘菌らしい。彼女はご機嫌といった様子で話を続ける。シピとコメットが下船する様子を遠巻きに見送った。彼らの前にいる乗員の中に、の姿があった。

「キュ……コメットさんもシピさんもいなくなるなんて何だか寂しいです」
「はは、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか、オトメ」
「僕、船を買ったらナダに遊びに行くからさ! それまで待っててよ」

コメットが明るくそう返すとオトメは嬉しそうにキュルキュル鳴いた。

「……、大丈夫?」

ふいにジナがに声をかけた。周囲が談笑する中、固く口を閉ざしている彼女の様子にジナが違和感を抱いたらしい。声をかけられたはハッと顔をあげて苦笑した。

「うん、私も寂しくて。本当に時間が進んでいるんだなって、実感してた」
「え、ってば今それに気づいてたの? さすがに遅すぎじゃネ?」

SQのトボけたツッコミに周囲が少し笑う。

「でも、僕もそう思うよ。この船にいるとさ、時間忘れちゃってたもん」
「だな、ルゥアンにいたのがずっと前のように感じるよ」

コメットとシピが顔を見合わせて共感し合った。

「それじゃあ、二人とも元気でね。次に会う時はシピはもう猫になってるかもね」

の言葉にシピは嬉しそうに笑った。

「そうかもな! どちらにしてもとはまた会えるといいな」
「僕も! 短い間だったけど、個性的な奴ばっかりで退屈しなかったもん! なんていうかさ、何年も一緒にいた気がするんだよねー」

沙明はコメットの言葉がやけに耳に残った。乗員が個性的で、毎日が賑やかだったからかもしれない。コメットの言葉に共感するものがあった。
別れを惜しみながら、二人は手を振って船を降りて行った。

***

「コメット、あの粘菌売っちゃうんだって」

ロビーで時間を潰しているとが声をかけてきた。彼女の声は少し寂しそうだった。

「ああいうのを欲しがるのはゴマンといるからなぁ、どうせロクでもないことだろうし何に使うかは想像したくもねぇけど」
「厄介な生き物だからね」

コメットに寄生していた粘菌を目にしたのは初めてだったが、以前、文献で読んだことがある。あの粘菌は宿主を失うと新たな宿主を探す習性があり、それが原因で被害が広がる事案が過去発生している。しかし、辺境の星の生物であるため、地球出身のが知っていたのが意外だ。

「アンタ、あれのこと知ってんの?」
「知ってるも何も大変だったじゃん、粘菌事件で……」

何か言いかけてはハッとした表情で口を閉ざした。あからさまに口を滑らせた、という表情に沙明は訝しげに見る。の顔はみるみると赤くなる。……なんでそこで赤くなんだよ。

「何でもない、忘れて」
「は? いや言いかけたんなら言えよ、ネンキンジケンって何!? 妙に気になるエロいワードなんですけど」
「エ、エロくないよ! 勘違いだから、忘れてよ!」

顔を真っ赤にさせては足早に走って逃げてしまう。取り残された沙明はあっけに取られてその背中を視線でしか追いかけられなかった。
あの反応を見て、確信に近いものを感じていた。はあの夢の出来事を経験してきたのではないか? それがどういった事情や法則でそうなったかは分からないが、沙明が記憶にないことをは経験しているのは間違いない。

……は、幾度もこの船に乗り、ああしてグノーシア探しをしてきたのではないかと、漠然とした考えが頭に思い浮かぶ。
一体あいつは何なんだ。そしてなんだ、粘菌事件という絶妙に気になるワードは。
一度やめた考えを再び思考していた。

2025.04.27