Lost Utopia 04
奇妙な光景を見た翌日──。グノーシアによって××……が親しげに話していたあの影の人物が消えた。目の前の画面にはおそらくその人物の名前が記載されているのだが、それすらもモヤがかっていて読み取ることができない。メインコンソールに生存者が全員集められ、一人、また一人が口を開き始める。横にいるを盗み見る。彼女はやや目を伏せぎみで、消えた人物を偲んでいるようだった。しかし、取り乱したり、悲しんだりという様子はない。
違和感があった。あんなに親しげだった相手が消えたというのに、何も感じないのか?
は顔を上げて「エンジニアの人たちは分かったことを教えて」と周囲に促した。何事もなかったかのような口ぶりに、意外と薄情者なのかと心の中で悪態ついた。
「お前意外と薄情モノなんだな」
議論を終え、今日コールドスリープの決まった人物を見送ったにそう聞いてみた。は困ったように笑った。
「××とはまた会える気がするから」
「グノーシアに消されたやつはもう二度と戻って来れねェんだろ?」
「そう言われてるね。……でも、ここで立ち止まるのは××も望んでないと思う」
とはそれほど長い時間を共に過ごしたわけではないが、沙明から見て彼女は「お人好しで常に周囲に気を使う、悪く言うと八方美人」というタイプだ。しかし、どことなく頑固というか確信に近い不思議な感の鋭いところがある。今聞いたことに関して言うと、また会えるということに何も根拠はない。でも、彼女は確信している様子だった。
これ以上その件に触れるつもりはない。あの訳のわからない存在が船から消えたのは沙明にとってどちらかというと好都合だった。
「それで、あんたこれからどうすんの?」
「エンジニアとして名乗り出てるジョナスとシピのうち一人は偽物でどちらかが本物。今日の議論で、ジョナスはラキオがグノーシア汚染されていると指摘して、ラキオはコールドスリープ。明日には沙明はエンジニアのどちらかが本物か偽物か分かるはずだよ。でも、コメットは必ず嘘をついてくる」
「……オイオイ待てよ、それじゃあグノーシアは俺を口止めすんじゃねーの?」
は少し笑った。
「その可能性は多分ないと思ってる。ここで沙明が消えたら、コメットはかなり怪しい。……コメットがグノーシア崇拝者だったらドクターのどちらかを消すかもしれないけどね。そうするとジョナスの証明が怪しくなってくる。多分、役職を何も持たない誰かが狙われるだろうね」
「……すごいなお前、そこまで考えてんの?」
その問いにははっとした表情をして首を振った。
「あくまで推測だし、どうなるかは分からないよ。気をつけてね、沙明」
「気をつけるったって、どう気をつけりゃいいワケよ? あいつらは俺たちがオネンネしてる時を襲うんだろ?」
「それはそうなんだけど……明日はお互い無事で会いたいから、お祈りかもね」
苦笑いのようには笑ってソファから立ち上がった。
「そろそろ空間転移の時間だから戻らないと。じゃあ、また会おうね。沙明。おやすみ」
「オイオイ、俺を一人にするつもりか? 俺の身代わりになるってんなら、添い寝するのが筋だろ」
「おやすみ」
今度は強い口調で挨拶して、はさっさと立ち去ってしまった。
***
沙明がラキオを調べたところ、グノーシア汚染が検出された。これにより、よっぽどの偶然がない限りジョナスは本物のエンジニアである。しかし、皆にそれが証明されたわけではない。議論の末、シピのコールドスリープが決まった。
「いい方向に進んでるね」
議論後は娯楽室で二人で会うことが日課になりつつあった。テーブルを挟んだソファ席に向かい合って話あう。は嬉々として言葉を続ける。
「でも、十分沙明の襲撃される可能性が高くなってきた。明日にはコメットがコールドスリープされるだろうし……」 「んでそんなことまで分かるんだよ?」 「コメットは嘘がつくのが苦手って言ったでしょう? 多分、嘘に気づいてる人は何人かいると思うから。沙明のことを本物だって思ってる人も増えてきた。でも、それはグノーシア側にとっては都合が悪いだろうからね。沙明は目立った言動しないよう慎重にならないと」
ま、沙明ならその辺り大丈夫だろうけど。とは付け足す。の推測を聞きながら、彼女の得体の知れなさの原因を考えていた。 どう考えてもは場慣れしている。まるで、同じことを経験していたかのようだ。ジョナスが本物だと確信すると、今度はシピに対して疑いの目を向けるよう、どことなく議論の場をそういった空気にさせていたのもだ。あの“影”といい、このの妙な場慣れ感といい……奇妙なことが多い。 それを茶化して指摘しようとすると、ポーンとLeViのアナウンス音が鳴り響いた。
“様、沙明様。まもなく空間転移となります。お部屋にお戻りください” 「もう行かないと」
はソファから立ち上がり、沙明を見る。
「沙明、それじゃあおやすみ。また明日ね」
昨日と同じような言葉なのに、なぜか温度が違うように聞こえる。昨日のように冷やかす言葉も出ない。はにこりと笑ってそのまま去ってしまった。また明日、という言葉が重たく聞こえるのはなぜか分からなかった。空間転移を終えるまでは。
翌日、メインコンソールの画面にはが襲撃されたことが文字として表示される。その無機質なフォントが冷たく感じる。 がこの世から消えた。もう自分を信頼すると言ってくれる人はもういない。誰かが何か話している。調査の結果を促しているのか、へ哀悼の意を告げているのか、音がうまく耳に入って来ない。 次第に、視界も霞んできて目の前が真っ暗になった。
2025.04.19
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