頼れる背中の人

普段は邪兎屋の掃除・雑務etcをしているけど、ごく稀にニコちゃんにホロウ探索の同行を頼まれることがある。

私は比較的エーテル適性が高いらしく、ある程度ならホロウ内の活動が可能だ。
その上、なぜかは分からないけどホロウ内では感覚が鋭くなるみたいで、ちょっとした探し物ができる。パエトーンが広く浅くなら私は狭く細かく探せる。
つまり、小さいものなどのなくしもの探しが得意なのだ。なぜ感覚が鋭くなるのかは全くの不明だけど。

でもこれはホロウ内に限った話で、ホロウ外では感覚は元に戻る。さらに私は戦う術を全く持っていないのでエーテリアスと戦うことはできない。
以前暮らしていた所から突然ホロウの中に放り込まれた時、エーテリアスから隠れ逃げ惑ったことは今でもトラウマだ。
私の突発的に発生した特技のおかげで逃げ延びられたけど、たった一人あんなところで彷徨っていたのだ。トラウマになってもおかしくない。
まぁ、それがきっかけで邪兎屋の皆に出会って助けてもらったんだけど……。

だからニコちゃんの頼み事はできれば断りたい。でも、私が頼み事を断れない性格ということはニコちゃんはよく分かっている。結局、今回もニコちゃんのお願いを断れず、同行する羽目になった。

……今思うと、断ればよかった。後悔先に立たず。

***

世界が揺れている。揺れまくってる。でも、そんなことはどうでもいい。ぐっと歯を食いしばって治らない動悸と振動に耐えながらビリーくんの首元にしっかり捕まっていた。

……これは、今までなかった近い距離感じゃない? その事実に気づいて心臓の鼓動はもう一拍速くなった。一方のビリーくんはそれどころじゃない。彼は今必死に走り続けている。「うぉおおおお!」と雄叫びを上げながら。うん、今私たちはそれどころじゃない。

ニコちゃん達とはぐれてしまい、エーテリアスに追いかけられている。

ホロウで探索をしていると、突然足元に落とし穴が現れた。パエトーンですら探知できなかったのだから誰もが避けることができなかった。私たちは上層から中層へと落ちてしまった。

それだけではなく、どうやら皆とはぐれてしまったらしく、気づいたら一人になっていた。一人だということに動揺したけどすぐにビリーくんと合流できたのは不幸中の幸いだった。
しかし、その直後、複数のエーテリアスに囲まれてしまったのだ。

「下がっててくれちゃん!」
「ビリーくん!?」
「俺に任せてくれ!」

私の前に立って彼が娘達と呼んでいる二丁の銃を取り出す。戦いに慣れている彼は見事な腕を発揮して銃弾をエーテリアスに命中させる。銃声は鳴り止むことなく響き続いた。
圧倒的に数が多すぎる。これじゃあビリーくんの銃弾の方が先に尽きてしまう。ここで無理して戦うより、ニコちゃん達に合流するまで温存して逃げた方がいい。銃声に負けないよう声を張り上げた。

「ビリーくん、逃げよう! このままじゃ銃弾の方が先になくなっちゃうよ!」
「でも──!」
「いいから! 早く!」

半ば強引にビリーくんの手を取って走り出す。もちろん、エーテリアスも追ってくる。
私の鈍臭い足の速さでは追いつかれると判断したらしいビリーくんは私の身体を掬い取って走り出した。私が先陣を切って走っていた時よりもうんと速い……。
そのおかげで何とかエーテリアスから逃れることに成功した。

廃ビルの中に逃げ込んで身を隠すことにした。あたりを見渡しても動くものは何もない。周辺にはエーテリアスの気配は無いと、私の直感は感じている。

「はぁ、危なかった……何とか逃げ切ったね」
「ごめん、ちゃん。俺、頭に血が上っちまって」

謝るビリーくんに慌てて首を振った。戦えない私の分まで、ビリーくんは身を挺して戦ってくれたのだ。謝る必要なんてない。

「謝らなくていいよ! ビリーくんは私を守ろうとして戦ってくれたんだし……」
「い、いや、そうじゃなくて」

違うの? と首を傾げる。ビリーくんの視覚ユニットが気まずげに細くなった。

「俺、ちゃんの前だからカッコいいとこ見せねぇとって力んじまって。……ちゃんが止めてくれなきゃ危なかった。カッコ悪いよな俺」

目の前のビリーくんは見るからに落ち込んでいた。
あのままビリーくんが戦い続ければ私たちは全滅していたかもしれない。でも、それは戦えない私を守ろうとしてくれたからで、悪気があったわけでは無いことは分かっている。
何より、こんな状況で思うことじゃないかもしれないけどビリーくんが私を守ろうとしてくれたことが嬉しかった。

落ち込むビリーくんの手を取って握った。触れると驚いたようにビリーくんの身体が跳ねた。

「何言ってるの、ビリーくんはカッコいいよ!」
「か、カッコいい? 本当にそう思ってる? 俺を励まそうとしてるんじゃ……」
「本当だって、スターライトナイトの映画みたいだったよ! ……ってこんなこと言ってる場合じゃないか」

あははと冗談のように苦笑して見せると手元のビリーくんの力んだ手が少しずつ緩くなっていくのが分かった。

「とにかく今はニコちゃん達と合流するのが先だよ。一緒に頑張ろう?」
「……ああそうだな! すまねぇ、俺らしくねぇこと言っちまったな。これじゃあスターライトナイトには程遠いもんな!」
「その意気だよ、じゃあ出発しようか」

目的地は上層部にある。上層へ迎えば誰かしらと合流できると思う。さっそく出発しようと出口の方へ進もうとするとビリーくんに呼び止められた。

「ありがとな。ちゃんがいてくれてよかったぜ」
「あ、あはは。どーいたしまして!」

不意打ちを喰らって思わずどきりとしてしまう。顔が真っ赤になってないといいけど、とそんなことばかり心配していた。

***

エーテリアスのたむろしているところを避けながら上層へのルートを目指して進み続けた。この能力のおかげで無駄な戦いをせず何とか進むことができた。
その代わり、随分遠回りになってしまった。戦力を温存する必要があったので仕方ないとはいえ、ホロウに入って少し時間が経ちすぎている。タイムミリットは刻々と迫っていた。

上層までもう少し、というところでビリーくんの足が止まった。口元に人差し指を出して「静かに」と私に教えてくれる。
廃墟の影からこっそり見ると、ちょうど道のど真ん中にエーテリアスの影があった。

「まずいな、エーテリアスだ。数も多い」
「うーん、ここまで来たのに……」

ヒソヒソと声を顰めながら物陰から様子を伺う。戦うには数が多い。また違うルートへ迂回するにもかなりの時間を要することになる。
どうしようと考えている時、遠くの方から何かの気配を感じた。それは音として私の耳に届く。

──早く……二人が……
──もう少し時間を……今……

その微かに聞こえる“声"はニコちゃんとパエトーンの物だと分かる。きっと、二人はこの先にいるのだ。

「ニコちゃんとパエトーンの声がする!」
「何!?」
「二人はこの先にいるみたい」

思わず顔が綻んでしまう。すると、ビリーくんは意を決したように立ち上がって二丁の銃を構えた。

「よし、じゃあこうしようぜ。俺が囮になる。その間にちゃんは親分達と合流してくれ」
「そ、そんな危ないよ」
「大丈夫! 俺を信じてくれ!」

ビリーくんはちょっと演技がかった声で言う。もし間に合わなかったら……ともう一度止めようとしたけどビリーくんは前に出た。

「それにな、ちゃん。俺はカッコつけたかったってのもあるけど何よりもちゃんを守るって誓ってるんだ。ホロウ探索するってよりもずっと前にな!」
「え、ちょどういう……」
「おら、エーテリアスども! このビリー・キッド様が相手をしてやるぜ!!」

私の言うことを聞かず、ビリーくんはエーテリアスのいる方へ突き進む。銃声が響く。もう迷ってる暇なんてない。やることはもう一つだ。

「ええい、もう!」

物陰から真っ直ぐその先へ突っ走る。一刻も早く、ニコちゃん達に合流しなくちゃいけない。目指す先へ一直線に走り続けていると、見慣れた姿が見えてきた。

「皆、こっち! 今ビリーくんが……」

「危なかったけど、何とか全員無事みたいね」
“ホロウに入って結構時間が経ってるし、一旦撤退して立て直したほうがいいね”
「はぁ、とんだ赤字よ……散々だわ」

落胆するニコとパエトーンの会話を聞いて、やっとで胸を撫で下ろす。全員無傷で合流することができたことをじわじわと実感する。

、大丈夫?」
「え? あ、うん。ちょっと疲れたなーくらいだから平気」
「あんまり無理しない方がいいぞ。いくら適正があると言っても、特にはホロウ探索に慣れてないんだからな」

ちょっと疲れたと言ったけど本当はかなり疲れてる。きっと皆同じことだから、つい痩せ我慢をしてしまった。猫又ちゃんには見抜かれてたみたいだ。

ちゃん」

ビリーくんの大きな身体が視界から消えた。彼は屈んで私に背中を見せている。これは……

「おぶってくから、乗ってくれ」
「い、いいよ! そんなに疲れてないって!」
「そうは言っても自覚がないだけでかなり疲弊してるように見えるぜ。遠慮するなって! ちゃんくらい軽々抱えられるってことはさっき証明済みだろ?」

抱えられたあの時のことを今思い出すと羞恥心が込み上げてくる。

「ほーん……その顔は図星ってやつですな、一体何があったのやら」
「へ、変なこと言わないでよ猫又ちゃん!」

ニマニマと笑う猫又ちゃんに怒る。でも私が怒っても少しも怖くないらしく、猫又ちゃんの表情は変わらない。

「ほらもう帰るんだから! は大人しくビリーにおぶさって帰りなさいよ」
「そーそー。遠慮するなって、もうちょっとくらい、ちゃんの役に立ってもいいだろ?」
「う……じゃ、じゃあお願いします」

まごついてる私に痺れを切らしたニコちゃんと優しいビリーくんの言葉に後押しされその背中に乗った。ビリーくんが立ち上がるといつもよりもうんと視界が高く広く感じた。

ビリーくんの背中に揺られながらホロウを脱出する。
やっと戻ってきて、身体を押し潰されるような圧迫感から解放されると緊張していた身体中のあちこちが緊張から解けるように力が入らなくなっていく。

身体から力が抜けるのと同時に瞼が少しずつ弛んできた。何かポツポツと会話をしながら歩いているのは分かるし、私もその会話に参加したけど次第に口も重たくなっていく。
瞼を完全に閉じると誰かが「、寝たの?」と聞いた。寝てないよ、と答える前にビリーくんの「疲れてるみてーだから、寝かせてやってくれよ」と小さな声で返答するのが聞こえた。
その言葉に甘えるように意識を手放した。

2024.08.24