シリウスの彼方 02夢オンリーwebイベント「DOU vol.1」展示作品
行動は早々に移すことになった。地盤が緩い坑道をさらに掘り進めなくてはいけない。掘り進めればさらに不安定になって落盤してしまう可能性がある。落盤防止のシールド設置を一人が行い、残りの二人で採掘を進める段取りになった。採掘担当のうち一人はが、残りの二人がそれぞれを分担することになったが、すぐさまパックスがシールド担当すると名乗り出た。は好奇心旺盛なパックスが支援側に回ると予想しておらず予想外、という表情をした。
「たまにはこういう仕事も悪くないだろ、だからお宝発見の瞬間はDに譲るさ」
と、Dの肩を叩く。その際、パックスは意味ありげにウインクをした。その表情からして、パックスはと二人きりになれるよう気を回したらしい。だが、余計なお世話だと言いたくなる。何でパックスに世話を焼かれなくてはいけないのだと隠れて息を吐いた。
パックスと別れ、Dとはの掘ったという隠れ坑道を進んだ。坑道は一人によって掘られたもののためジェットパックの使用も難しいほど狭かった。それでも坑道は丁寧に掘られており、一人で掘ったというのが俄かに信じられなかった。
「それにしても、よくここまで一人で掘ったな。しかも、誰にも内緒で」
「意外とバレなかったよ。私ってほら……チームでも目立たないし、問題行動もないし」
「……つまり、パックスの問題行動の影に隠れたってわけか?」
「正確にはあなた達二人かな。だって、パックスの騒動にいつもDは巻き込まれてるもの」
その答えに反論しかけたDは結局言葉が出なくて首を振り、何も言わなくなった。
採掘を開始したDはが不安がっているのがすぐに分かった。確かに岩は脆く、ちょっとした振動や刺激で崩れそうだ。これは慎重にならなくてはならない。二人は協力しながら掘り進めた。
……しばらくそうやって繰り返していると、Dの持つドリルの先がキンと、何かに当たる音がした。その音に二人は顔を見合わせる。Dは笑って期待した顔をに向けるが、対照的に彼女は怪訝そうだった。
「どうした?」
「予想してた地点より早すぎる」
Dがドリルを離すと、岩とは違う色の何かが顔を覗かせた。エネルゴンの鉱石ではない。エネルゴンなら薄青く光っているはずだが、もっと色がくすんでいる。しかし、その岩の表面は燃えるようにゆらゆらと揺らめいていた。その揺めきは次第に激しくなっていく。それがエネルギーが凝固した屑石で、刺激を与えると激しい破裂を引き起こすことになる代物だった。それを理解する頃にはDが彼女の体を抱き起こし、その場から走り去ろうとした。エネルゴンと同じようにその屑石も刺激を与えれば破裂や爆破する恐れがある。しかし、エネルギーとして使えない屑石であるからその衝撃もエネルゴンと比べたら大したものではない。それでも、ここはただでさえ不安定な箇所だ。落盤の恐れがあった。
後ろでは何かが弾ける音がして、あたりの土や岩がガラガラと落ちる。
「あっ!」
Dの背後からの短い悲鳴が聞こえた。振り返れば、岩に当たったらしいがその場に蹲っている。
「!」
「私はいい、早く行って!」
Dはその言葉を無視して彼女の手をとって走る。ジェットパックが使えればこの狭い坑道もすぐ抜け出せるだろうが、狭すぎてそれも難しい。
「D! !」
坑道出口側からパックスの声が響く。彼も異変に勘付いたらしく、引き戻さずこちらへ来たらしい。何してるんだ、早く逃げろという言葉が出てこなかった。今にも坑道は落盤しかけていてそれどころではない。
土埃によって視界が掠れ、足どりは重たい。だめだ間に合わない、という思考が頭によぎる。その考えが思いつくと彼女を支えている手に力がこもった。パックスがこちらに手を差し出した。ほぼ反射的にその手を握りしめるとぐいと強く引っ張られる力を感じた。パックスはジェットパックを使用し、その力で引っ張り出したらしい。三人で飛べるほどの力はないが、それでも力強く引っ張られ、すんでのところで落盤から間逃れることができた。
ほんの十数秒ほどの出来事だった。それでも何サイクルも長く感じた。身体中の神経回路が悲鳴を上げるように熱が回っている。三人はその場にへたり込んでしばらく声がでなかった。
「間一髪だったな」
一番早く身を起こし、に手を差し出したのはパックスだった。は彼を見上げ苦笑し手をとる。結局、エネルゴンはなかった。その事実は彼女を落胆させた。
「せっかくここまで掘ったのに……ダメだった」
「全員無事だったんだ、これ以上良いことなんてないだろ」
「……そうだね。みんな無事でよかった」
戯けて言うパックスには笑って立ち上がる。彼女の返答はついさっきまで死にそうな状況を思わせないような明るいものだった。そのやりとりをDは見上げながら眺めていた。考え込んでいてしばらく身体を起こせなかった。
……彼女を地上へ連れて行けるのは俺ではなく、パックスだろう。少なくとも、それができるのは自分ではない。そう漠然と思ったのだ。
彼らは幼馴染で、お互いがお互いの良い理解者だ。Dが欲しくても決して手に入らない絆をすでにパックスは手に入れていて、彼女も信頼している。決して言葉にしたことはないが幾度もパックスを羨ましく思った。パックスは自分の相棒だ。それはこれからずっと変わる事はない。しかし、彼女の隣に立っているのはきっとパックスだと思うと、チリリと胸の回路が痛んだ。
「お前たち! そこで何をしている!」
そこへ、すべてを切り裂くような怒鳴り声が聞こえ、三人は思わず姿勢を正して立った。飛んでやってきたのは上司でもあるエリータだった。彼女は降りて来て三人の顔を覗き込む。
「……何があったの?」
エリータは訝しげに聞く。それは友を心配するような声音だった。Dやパックスが口を開く前に「私の責任です」とが告げた。
「どういうこと?」
「私が自分の判断でこのエリアの採掘をしたところ、落盤が起きてしまいました。二人に助けてもらわなければ、死んでいました」
エリータは意外そうな表情をしている。常に模範的で、問題行動を起こさないの行動を信じられない、と言いたそうだった。
「詳しく、話を聞かせてもらうわ」
「……はい」
「待ってくれエリータ、俺たちは……」
「お前たちは作業に戻れ、今すぐだ!」
エリータは厳しい口調で言い放ち、二人を睨みつける。も二人を見て口開け閉めして「ここはいいから」と言葉を伝える。エリータ達がその場を去るのを見届け、残されたパックスとDは彼女達の背中を見送る。
「行っちまった」
パックスがぼやくように言う。無断で採掘をしていたことがバレてしまった今、彼女は厳しい糾弾を受けるだろう。最悪クビになるかもしれない。彼女の背中が見えなくなり、そんな不安が胸によぎった。
***
仕事が終わる時間になってもは帰ってこなかった。宿舎の作業員達も一人、また一人とカプセルに入って眠ろうとする。パックスとDは眠らないで彼女の帰りを待った。
「……のやつ、遅いな」
「エリータにいじめられてないといいけどな」
パックスは肩をすくめて言う。その口調はどこか戯けていて、心配する様子がない。思わずDはそれを非難するように彼を見た。
「お前な……」
「あいつのことだから大丈夫だって。明日になればヘラヘラ笑って戻ってるさ。俺たちも早く寝よう。スリープモードから起きたらすぐ作業なんだから」
そう言って彼は自身のカプセルに入り、眠る体制に入ろうとする。その様子を見て薄情だと思ったが彼女を信用していてそれほど心配していないのかもしれないと思い直した。だからといって、パックスのように寝れる気にはなれず、そのままカプセルから離れた。行く宛は特に決まっていないが、じっとしていられなかった。宿舎を出て外へ続く扉の開閉を待って一歩進んだ時だった。
「うわっ」
「ぎゃっ」
何かにぶつかって一歩後ろに下がった。一つ分頭の小さい影をあらためて見るとそれはだった。
「、大丈夫か? 心配してたんだぞ、全然帰ってこないから」
「うん、私は平気。まぁちょっと色々あったんだけど……とりあえず宿舎に戻ってから話すよ。パックスにも話したいし」
「あぁいや、もうパックスは寝ちまったんだ」
自分は何を言ってるんだと、そう言ってから後悔した。確かにパックスは半分眠ろうとしていたが、まだ寝入ってはいないだろうし彼女と戻ればすぐ起きるだろう。しかし……このまま戻る気にはなれなかった。今日のことでパックスに嫉妬をしているのかと、我ながら戸惑う。
「そうなの? なら……ちょっと場所変えようか」
そう言っては外へ出る。彼女に誘われるがままDもその後ろに続いた。
宿舎の屋上に出て二人は並び、アイアコンシティの風景を眺める。アイアコンシティは光が途絶えることがなく、至る所が様々な色に輝いて雑踏としていた。
「やっぱり私の考えは間違ってなかった」
と、開口一番に彼女は言った。Dが見返すとは笑みを耐えるような表情で説明を続けた。
「あの後……エリータに詳しい事情と座標を共有したの。そしたら、もう一度調べることになって、採掘を再開したんだ。それでこの目でエネルゴンの金脈を見たってわけ」
「すごいじゃねえか! お手柄だ!」
自分のことのように喜ぶDには複雑そうな苦笑をする。
「でも、今回の無断な採掘は褒められないことだって釘を刺されちゃった。今回はたまたま金脈に当たったということにして、目を瞑るってさ」
「けど、これでうちの班のノルマは達成できた。エリータの役に立ったじゃないか」
「でも私の失態を庇ってくれることで迷惑かけちゃったし、結論だけ見たらプラマイゼロって感じだよね……ってさっきまで思ってたんだけどさ」
はDを見上げる。Dは彼女のその薄青い色のプティックを見つめ返す。その色を見るたびに吸い込まれそうだと目を奪われる。
「Dの顔を見たら私には命懸けで守ってくれる大切な友達がいるってことに気づいたの。それが分かっただけでも今日は良かったことにしようかなって思うことにした。……今日は守ってくれてありがとう」
「お礼を言われることじゃないだろ、あのくらいのこと慣れてる」
「あはは、パックスのおかげで鍛えられてるもんね」
がケラケラと笑う。その笑顔を見ていると、先ほど感じた嫉妬がつまらないことだと思えてきた。彼女がこうして自分に笑顔を向けている。それだけで十分だろうと思った。
「あ、見てD! 列車が通過する」
彼女の声に頭上を見上げた。廃棄物を乗せた列車が地上へ登っていくのが見えた。彼女はいつものようにそれを見上げて動かない。彼女の横顔を見て、Dは声をかける。
「……頼むから、一人で行くなよ。行くなら俺や……パックスを頼ってくれよ」
がこうして地上を見上げるたびに不安だった。いつか、彼女が地上へ行ってそのままいなくなってしまうのではないかと。現実味はないが、彼女の輝く目や表情を見ているとそう思わずにはいられなかった。
Dの思惑とは反対にはそれを吹き出して笑った。
「まさか! 地上なんて行けないよ。でも……その時が来たら絶対言うね」
それを聞いて安心した。少なくとも、彼女は黙って自分の元を去ることはないのだ。そして、彼女が地上なんて行けないと言う間は自分たちから離れることはない。パックスも彼女を連れていくようなことはないだろう。そのことに胸を撫で下ろすような心地になった。
Dもその列車の方を見る。列車はすぐさま天井の向こうへと消え、いつもの風景に戻った。
***
そんなことがあって、さほど時間が経たないうちには念願の地上へ行くことが叶った。
しかし、実際に彼女を連れて行ったのはパックスでもなければDでもなかった。きっかけになったのは二人の行動が原因なのである意味二人がを連れて行ったことになるが……彼女自身が地上へ連れて行ったことにもなる。
久しぶりに開催されたアイアコン5000のレース騒動後、偶然彼女と再会した。はあれよあれよとその後の大騒動に巻き込まれてしまった。そのまま廃棄物を捨てる列車に乗り、地上へ出てしまった。
地上は不思議な風景が広がっていた。振り落とされないよう列車の端にしがみつき、衝動が治ると視界が突然明るくなっていて、目を開けた。大地の岩は光沢し、空の色を反射している。その空の色は赤や青、あるいは紫色の美しいグラデーションが広がり、大地の色を染め視界いっぱいにその美しい光景を果てしなく写している。岩は列車の刺激をうけているからか、自我があるように形を変え、鋭利な形を作り続けている。不思議でありながらも美しい光景にDやパックス、騒動に巻き込まれたやエリータにB-127と名乗る若い労働ロボットは目を奪われた。
Dは横目にを盗み見た。彼女は口を半開きにして固まっている。いつも列車を見上げているあの表情のままだ。念願が叶った感想は? そう聞くつもりで口を開くが声が出なかった。彼女の目元から水滴が一つ落ちようとしていて、その雫が美しい光景の色に染まっている。彼女の涙に見惚れてしまった。
ふいにその横顔がこちらを見た。そのことにDはひどく驚いた。彼女が立ち止まって上を見上げる時、決して目線が合うことはない。まさかこちらを見るとは思っていなかったのだ。
彼女の目はキラキラと輝いていた。憧れを地上に向けたその瞳はDをまっすぐ見つめている。これまで散々顔を見合わせているというのに、が初めて出会った人のように感じた。
「地上って……こんなに果てがなくて綺麗なところだったんだね」
彼女が笑いかけると、その一粒が流れ落ちて行った。のその表情を見て、彼女に手が伸びそうになる。その涙を拭うためでも、彼女を祝福するために手を伸ばしたわけでもない。を心から欲して、衝動にかられたのだ。伸びそうになった手を下ろし、自制する。
それでもこの恋は、諦められそうになかった。
2024.04.19