シリウスの彼方 01夢オンリーwebイベント「DOU vol.1」展示作品
彼女の横顔が好きだった。
は上を見上げ、立ち尽くしている。ここ地下都市・アイアコンシティには空という概念はなく、自分たちの頭上にも建築物が所狭しと建てられている。彼女はそれらを見ているわけではない。その先の向こうにある“地上”を見ているのだ。
唯一地上と繋がっているとされるゲートは遥か頭上の先にある。その方からは都市のものではない明かりがわずかに漏れている。その方を彼女はじっと見上げ動こうとしない。まるでそうしていればいつか本当に地上を見られると信じているようだった。
しかし、いつまでもそうしていれば彼女は怪我をしかねない。ここは道のど真ん中で通行人は彼女を疎ましげに睨んでは避けている。巨大なカートが向こうから横断してきた。Dは息を吐いて彼女の方へ向かい、手を引いた。
「、ぼさっと立つなって言っただろ」
道の端にを連れてくると、彼女はやっとでDの存在に気づいたらしい。ハッとした表情をして気まずそうに笑った。
「ご、ごめん、D」
「ったく、放っておけないな。せめて人の少ないところでやってくれよ」
「ゲートが開いてるからつい……」
必要な時しか開かないゲートは滅多に開かない。エネルゴン採掘の際に発生する屑……つまり廃棄物を地上へ運び出す無人列車が通る時のみ開かれる。そのほんのわずかの時間、地上から漏れ出すほのかな光(本当にあの明かりが地上から降り注いでいるかどうかは不明だが)を見るために彼女は頭上を見上げる。
それがたとえ仕事中でも通行中でもそうやって立ち尽くすので人にぶつかったり転んだりするため目が離せない。Dは息を吐いて小言を続けた。
「また突き飛ばされて転ぶのはやめてくれよ」
「分かってるよ」
軽く笑い、再び彼女は上を見上げる。本当に分かっているのだろうか。Dは呆れたように息を吐いた。
彼女はなぜか地上を見たがっていた。地上は危険で、一般市民が行けるようなところではない。廃棄物を運ぶ無人列車か、センチネルの率いる軍に所属する者しか行くことができない。なぜ、そんな危険なところに彼女が憧れ行きたがっているのか聞いたことがある。すると彼女は
「あるって分かってるのに見たことがないから」
と答えた。それだけのことなのに彼女は夢中でそれを見上げる。
もうすぐ列車が来てあのゲートも閉じられてしまうだろう。目が離せないというように、彼女は見上げる。決してその目がこちらを向くことはない。それはもう分かっていることだ。それでもDは彼女から目が離せない。
「……だったら」
いつか、連れて行ってやる。
その言葉は胸に燻ったようにこびりついて、発することができない。そう彼女に言えたらと思うようになったのはいつの頃からだろう。しかし、一体どうやって彼女を地上へ連れて行ける? 自分はコグもなく、ずっと採掘を続ける下層民の身元。地上へ行けるのはコグがあってもほんの一握りだけ。手段もそんな地位もない。何も根拠もなく地上へ連れていってやるとはとても言うことができなかった。
「ここにいて、また転ばないように見といてやる」
言いたかった言葉とは違う言葉を言うと、はDをちらりと見て笑った。
「ありがとう、D。すぐ終わるから」
「ああ」
短い会話を終えて再び彼女は上を見上げる。その横顔をDはじっと見つめていた。その視線が再び重なることはない。
それでもよかった。その横顔を見るだけで十分だ。彼女の横顔が好きで、に恋をしていたから。
***
「さっさと告白しちまえばいいのに」
そう言うのは同期で親友でもあるオライオン・パックスだった。突然の指摘にDはパックスの顔をまじまじと見る。目を見開き、穴が開きそうな形相にパックスは少し身じろいだ。
「何? まさかバレてないとでも思ったのか? Dがのことを──」
「おい! 声がデカい、大声で言うなよ!」
「いやDの方が声がデカいって……」
Dが慌てたように辺りを見渡し、周辺にの姿がないことを確認する。そして再びパックスを見た。
「お前、いつから気づいて……」
「あー半サイクル前から? バレバレだって、アイアンハイドだって知ってる」
「嘘だろ……」
この気持ちは秘めていたつもりだった。とは同じ班でもあり、仕事仲間でもある。恋情は仕事に持ち込まないと決めていた。それがバレていたとは。呆然としているとパックスはニヤニヤと笑った。まるで揶揄うおもちゃを見つけたような表情だ。その表情に気づいてDは頭を抱えた。
「そんなDにいい事と悪い事を教えてやろうか?」
「……なんだよ」
「じゃあいい事から。当の本人、にはバレてない。安心しろって、幼馴染の俺が言うんだ、間違いはない」
パックスの言うとおり、彼とは幼馴染という間柄だ。オールスパークから生まれた時期はほぼ同時期で、その頃からの付き合いらしくDよりも長い付き合いなんだとか。そのため、彼女のことをパックスはよく知っている。その情報は十分信頼できるものだった。
「で、悪い事ははDに全くその気がない」
「てめぇ! 人をおちょくるのもいい加減にしろよ!」
そのニヤけ顔から察するにパックスはからかっていることが分かった。その表情が感に触れDはパックスの首に腕を回して締めようとする。それでもパックスは声をあげて笑ってふざけている。
「ちょっと、何揉めてんの?」
その声に二人は固まったように動きを止めた。声のする方を見ると、当の本人であるがしかめ面で自分たちを見ていた。
「別に揉めてなんかいないさ。な? D」
「あ、ああ……」
姿勢を戻したパックスに問われ、Dは咄嗟に同意する。それでも彼女は納得しないのか腕を組んでじろりと見てくる。
「はいはい、また私だけ除け者ですか」
「そんなつもりは……」
「いいよ、別に慣れてるし。ついこの間も鉱山の奥に二人だけで進んじゃってさ」
「あれは危険だったからを連れて行けなかったんだって」
二人の弁明に彼女は疑いの目を向ける。
「ふぅん……じゃあ私の秘密を教えるわけにはいかないな」
「秘密?」
彼女の唐突な言葉に二人は顔を見合わせた。そんな二人にはわざとらしく考え込むような仕草をする。
「二人に少し相談があったの。でもなぁー二人は私に隠し事をしてるわけだし? 信用できるかなぁー」
「悪かったって、」
「もう、パックスは私と付き合い長いんだから、分かるでしょ? 隠し事はナシって約束したじゃない」
「あーもちろん、俺たちに隠し事はない! だろ? D」
「は? あ、ああもちろん」
パックスがDに振り返り何か訴えたそうな目でこちらを見た。同意してしまえば彼女に嘘をついてしまうことになるが、だからと言って彼女に心中を告げられるわけじゃない。仕方なく同意するように頷いた。それが正解の答えだったのかは分からないがやっとで満足したらしいはデバイスを起動して二人に何かの図面を見せた。
それはエネルゴン鉱山の地図だった。自分たちの班の掘っている周辺の穴の図形と進路計画が書かれている。そこに彼女が付け加えたらしい新しい進路が書き込まれていた。
「これは?」
「過去30サイクルくらいのエネルゴン採掘パターンを精査してみたの。それで分かったんだけど、ちょうど今私たちが担当している箇所がエネルゴンの金脈に近い可能性があることが分かったわけ」
「それが本当なら……エネルゴンが大量に手に入る?」
「じゃあ、なんでそれをエリータに話さないんだ?」
パックスの問いには難しい表情をした。
「あくまでこれまでのパターンを精査して、金脈がある可能性があるってだけであるとは限らない。おまけに金脈のあるとされる箇所はかなり地盤が不安定で採掘も慎重に行わないといけない、すごく危険」
リスク犯して利益をとるかどうかという話だ。エリータがあるとは限らないものを危険を冒してまで採掘するとは考えられない。
「エリータには不確実なことを言って信頼を落としたくない。でも、もしこれが本当なら前期までの赤字を取り戻せるかもしれない。彼女の役に立てるならって思ったら諦めきれなくて……」
各班には採掘ノルマがある。しかし、そのノルマはかなり厳しいもので特にエリータ率いる達の班は前期からノルマを達成できず赤字が続いていた。そのことにエリータは頭を悩ませていた。
「これまで、ちょっとずつ一人でこの金脈までこっそり掘ってたの。でも、さっき言った通り地盤は不安定で、いつ落盤や爆破が起きてもおかしくない。そこで、二人に協力してもらおうと思ったんだけど……どうかな」
は二人を見上げるように伺う。Dとパックスはお互いの顔を見合わせ、何か考えるように黙っていた。その様子を不安そうに彼女は見上げている。
「二人がやらないというなら、このことは忘れて採掘した穴は埋める。もし、やってくれるなら……」
「それで、俺たちは何をしたらいい?」
「え?」
きょとんとするを二人は笑った。Dは腕を組んで口を開く。
「これまで一人でやってきたんだろ?」
「がやりたいと言うなら、どこまでも付き合ってやるさ」
「ありがとう! 二人とも」
円満の笑みを見せる彼女にDは照れ臭くなった。パックスやのためになることができるなら協力は惜しまない。しかし、彼女の喜ぶ顔が見たくて、カッコつけたかったというのは少しだけある。それに気づいているのかパックスがこちらを盗み見てニマニマと笑った。それをやめろというように睨み返した。
2024.04.05