This Must Be the Place夢オンリーwebイベント「DOU vol.1」展示作品
「私、今日からここに住む」
オートボット基地につくや否や、はその場にいる全員へ宣言するように言った。彼女の背中には旅行用の大きなリュックを背負われている。唐突な宣言に全員が彼女の言葉に呆気に取られたような表情をした。
「……、どうしたんだ?」
最初に口を開いたのはジャックだった。彼は信じられないと言いたいように伺う。しかし、は表情一つも変えずに背負っていたリュックを下ろした。
「どうもしないよ! ここに住むって決めただけ。そう言うわけだから、よろしくね」
「何を勝手なことを言ってるんだ、いいわけがないだろう」
の言葉に反対したのは彼女のパートナーでもあるラチェット。彼が賛成するわけがない。彼女もそれを予想していたのか無視して荷物を広げている。
「聞きなさい、。お前さんみたいな小さいのが四六時中足元をうろちょろされたらこっちもたまったもんじゃあない」
「邪魔なんて絶対にしない。もし追い出そうとしてもみんなが手の届かないような隙間に入ってそこに住む!」
「ネズミじゃないんだから……」
「こんなに強引な初めてみた、どうしちゃったんだろ?」
ミコが首を傾げバルクヘッドを見上げるが、彼が知るわけもなく、首を振る。は他の子供達と比べて控えめで、基地のソファに腰掛けて本を読んだり、ラチェットのそばで作業を見ていたり大人しく自己主張もほとんどしない。しかし、どんなにラチェットが反対しても意地になって荷物を広げる彼女はこれまでにない様子だった。
「……もしかして」
ふいに声を上げたのはラフだった。それに対し、バンブルビーが相槌を打つようにブービー音を出す。
「×◯◆★〜?」
「だよね、今朝のあれが原因かも」
「何か心当たりがあるのか?」
ジャックの問いかけにラフは頷いた。
「今朝、学校へ行く最中にの家の前を通った時の話なんだけど……」
ラフの通学路の道中にの家がある。彼女を拾って学校へ行くのが日課で、今朝も彼女が家を出てくるのを待っていたのだという。しかし、いつもの時間帯になってもは出てこない。どうしたんだろうね、とラフとバンブルビーが言い合っていると彼女の大声が家の方から聞こえてきたそうだ。
彼女は母親と何か言い争いながら出てきた。大声を張って母親に何か訴えているが、母親は何か批判めいた口調で何か言い、はそのまま無言で家を出てきたのだという。そのまま徒歩で学校へ向かおうとするので、追いかけて声をかけてどうしたの? と聞くと
「ちょっと喧嘩しただけ。何でもないよ」
……とはぐらかされたそうだ。
「何を言い争ってたんだ?」
「すごく早口の日本語だったし、何を言ってるのか分からなかったよ。……でも、車内のは何だか悲しそうだった」
「つまり、親と喧嘩して家出したってわけ?」
「そうじゃないかな、何が原因かは分からないけど……」
ラフの言葉に皆がの方を見る。は荷解きを続けていて、こちらを見向きもしようとしない。
「……ねぇ、今日一晩だけでもを泊められない?」
何か考えるように言い出したのはジャックだった。それをすぐにラチェットが声を上げた。
「だめに決まってるだろう。何度も言うがここは遊び場じゃないんだ。触られたら困るものだってある」
「のことだからラチェットが触るなっていうものを触らないよ。彼女がこんなに強引になるのはよっぽど何かあったんだと思う。僕らも何があったか調べるから。……どうかな?」
ジャックはアーシー、そして彼らのリーダーであるオプティマス•プライムを見上げた。それまで行く末を静観していたオプティマスは無言で思案し、口を開けた。
「……分かった。今晩は我々が預かろう」
「オプティマス」
ラチェットは彼を批判するように名前を呼ぶ。オプティマスは穏やかな声で返答した。
「彼女自身、大人しくしていると言っているのだし、一晩なら問題ないだろう」
「しかし……」
「パートナーなら、彼女に何があったのかまず聞いてみたらどう?」
「アーシーまで賛成なのか?」
ラチェットが意外だという表情でアーシーを見る。彼女は肩をすくめた。
「根本的な問題を解決した方が早いって思っただけ。じゃなきゃあの子、本当に巣穴を作ってそこに住み始めるわよ。そうならないためにも、彼女に何があったのか探らないと」
アーシーの意見にラチェットも賛同するところがあるのか、口を閉ざした。
「あたしもお泊まりしよっかなーとパジャマパーティーできるし!」
「聞こえてるぞ! パジャマパーティーはなしだ!」
これ以上問題が増えたら溜まったものじゃない……ラチェットはミコに釘を刺すように言った。
***
子供達はそれぞれのパートナーに乗って家へ帰宅する。一人を残して。別れを告げてはソファを独り占めにして学校の課題や本を読んだりしている。邪魔をしない、彼女がそう言った通り、ほとんどそこを動かなかった。……むしろ大人しすぎる。
これがいつもならラチェットの足元に近寄って何をしているのかと覗き込んでくるのだ。危ないだろう、と言っても聞かないので彼女を機材の邪魔にならないところへ乗せたりして作業の合間に会話をしたりする。彼女は何が面白いのかラチェットの手元を観察する。それが彼女のいつもの過ごし方だった。
ちらりとを盗み見る。彼女は自分の手元ばかり見つめていてこちらを見ようともしない。今日に限ってこちらにやって来ない。わざわざ呼び寄せたりすることはしないが、普段いない時間に彼女がいることがどうも落ち着かなかった。
不意に通信が入った。確認するとそれはつい先ほど帰ったばかりのラフからだった。
「ラフ、どうかしたか?」
『あ、ラチェット? 原因が分かったよ。さっきの両親がうちに来たんだ、が来てないかって。その時原因を教えてくれたんだ、それが……』
「……そうだったのか。分かった。こっちで話を聞いてみる」
ラフから話を聞き、通話を切る。ため息のように息を吐いて手にしていた機材を置いて彼女の方を振り返った。
「」
「私、行かないからね」
と、彼女はラチェットが話す前に切り出した。どうやら電話がラフで、彼から原因を聞いたことをわかっているようだった。そのまま手にしていた本を雑に閉じてラチェットの方を見た。
「日本には帰らない」
「どうしてそんなに頑なになるんだ。故郷へ帰れるんだぞ」
ラフの話によると、達一家は故郷へ帰る話になっているらしい。一時的なものではなく日本に帰ったらこちらにはもう戻らないそうだ。戦争によって故郷を追われることになったラチェットにとっては羨ましいことだ。しかし、は首を振って立ち上がった。
「私はこっちでみんなと一緒にいたいの! ミコたちや、ラチェットと離れ離れになりたくない」
「いつだってここへ来ようと思ったら帰ってこられるだろう、ここと日本とではせいぜい一日あればこられる距離だ。……サイバトロン星とは違う」
「ラチェットとは感覚が違うよ。私たち人間にとってはすごく遠いの。私はまだ子供だし、そうそう簡単には戻ってこられない。もし戻ってくることができても、ラチェットとまた会えるとは限らない」
最後、の声は掠れるように消えて俯いてしまう。その様子にラチェットは察した。自分たちにとって彼女の故郷はそれほど遠いものとは感じない。元から距離や時間の感覚が違うのだろう。彼女の年齢ならあと数年で成人という年齢に達する。彼女達にとっては長くとも、ラチェット達サイバトロニアンにとってはほんのわずかの時間だ。そのたった数年、数百キロの数字が彼女達にとって長く遠い。
……しかし、だからといってこのままにはしてはいけない。ラチェットは彼女に手を差し伸べた。はそれに恐る恐る乗りこんで座り、ラチェットにそっと抱えられる。
「の気持ちはよく分かった。確かに、お前さんにとっては遠いだろうし、もし大人になって戻ってくるにしても、ずっと先の話だ。が戻ってきたその時、私たちもここにいるとは限らない」
ラチェットはそこで首を振って青く輝く目をに向けた。
「でも、だからといって家族と離れ離れになるのはよくない。も家族と喧嘩したまま別れるなんて嫌だろう?」
「……うん」
「なら、今日は帰りなさい。帰って、よく話し合うんだ」
「……分かった」
素直に頷くの表情はどことなく幼い。他の子供たちの一歩後ろを歩くようなはやや大人びいた印象があるが、こうしてみるとやはりまだまだ子供だ。ラチェットに諭されるように帰れと言われ、諦めたような表情だった。
「よく話して、それでもダメなら、今度は私がお前さんの両親と話してみよう」
そう告げるとハッとしたようにが顔を上げた。驚いたように目を開いてラチェットをまっすぐ見上げる。
「でもそうしたら、ラチェットたちのことがバレちゃうよ」
「なんだ、私が信用できないか?」
揶揄うようにラチェットが聞くと彼女は首を勢いよく振った。その仕草にラチェットが少し笑った。
「ならあとは私に任しておけ。大丈夫だ」 「……ありがとう、ラチェット」
は微笑んでラチェットの手に抱きついた。その彼女の頭を人差し指で撫でて彼女の抱擁を迎え入れる。彼女の体温をその指の先に感じた。
***
の家出騒動から数日経過し、彼女は久しぶりに基地にやってきた。ラフと共にバンブルビーから降りてすかさずラチェットに駆け寄った。
「ラチェット、聞いて。お父さんとお母さんと話し合って、それで……結局帰ることにしたんだ」
の言葉を聞いて、ラチェットは目をやや伏せた。彼女がそう決断したのであれば、止める理由は何もない。
「そうか……」
「あ、違うの聞いて! 日本に帰る話が出たのは田舎のおじいちゃんの具合が悪くなったからなの。それで、もう一緒に暮らした方がいいんじゃないかって話になったからだったんだ。でも、私が話をしたらもうちょっと待ってくれることになったの、少なくとも高校を卒業するまでね」
そう説明すると、先に話を聞いていたらしいミコがを背後から抱きしめた。それをくすぐったそうにが笑う。
「でも、おじいちゃんのことは心配だから、一度帰ってお見舞いやお手伝いにすることになったわけ」
「まったく、人騒がせだな」
ラチェットは呆れたように息を吐き、止めかけた作業を再開させる。は苦笑して「心配かけてごめんね」と言った。
「でもよかった! まだしばらく一緒にいられるってことでしょ?」
「成績次第だけど、こっちの大学に通ってもいいって言ってくれたんだ」
「じゃあ、たくさん勉強しないとな」
「やめてよジャック、それを一番心配してるんだから……ラフに教えてもらわないと」
「なら心配いらないよ」
子供達は賑やかに話しながらいつものソファ席へと向かった。そのことにいち早く気づいたのはミコだった。
「あれ、ソファ新しくなってる?」
子供達の溜まり場にはゴミ捨て場から拾ってきた古いソファがあったはずで、あちこちに穴が空いていたし、ミコが暴れるたびにガタガタ揺れるような代物だった。そのソファがなくなり、新品同様のソファがそこにあった。
「◎▼◯☆××〜」
ミコの声に返答するようにバンブルビーが何か言う。彼の言葉が分かるラフは「えっ」と驚くがそれ以外の三人は言葉が分からず顔を見合わせる。バンブルビーの言葉を遮るようにラチェットが声を上げた。
「バンブルビー! 余計なことをいうんじゃあない!」
「なんて言ってるんだ?」
「ええと……」
「そんなことはいいんだ! ほら、もう散った散った! こっちだって忙しいんだ!」
ラチェットは慌てたように手を振って強引に会話を止めた。
「何なの一体……」
「まぁいいよ。それより科学の課題。明日提出なんだから早く終わらせないと」
「あーそうだった、忘れてた。早く終わらせて遊ぼ! としばらく遊べなくなっちゃうし」
ジャックとミコは先に新品のソファに座り、課題を始める用意をする。それに続いても鞄を取り出して準備をしようとした。
「ほんとはね」
そこにラフが寄ってくる。彼の声は他の二人に聞こえないようかなり小さな声だった。手で口もとを隠すようにラフは言葉を続けた。
「ラチェットが色々用意していたんだって」
「え? そうなの?」
ラフはおかしそうに笑い声を堪えるような声を出して続けた。
「がこっちに残ることになったらここに住むかもしれないからってソファを新調したんだって。しかも、の両親を説得する言葉も考えてたみたい。責任持って預かるって」
ぽかんとは呆けてラフを見る。ジャックの「そこの二人、早く始めようよ」という言葉にラフは立ち上がって彼らに混ざった。は後ろを振り返った。背後ではラチェットの背中が見えるこちらをチラリとも見ようともしないでよく分からない機材を触っている。
その大きな背中を見ていると何とも言えない想いが込み上げてきた。その大きな身体で、素直じゃない姿が愛おしく感じる。思わず鞄をそこに置いて駆け出していた。きっと彼の足元に抱きつけば、変な声をあげてに危ないだろうと叱るだろう。でも、彼が自分のことをどれだけ思っていたのか知ってこの衝動は抑えられなかった。この感謝や愛おしい気持ちを言葉で伝えるとなるともどかしく、とにかく抱きしめたくなった。自分の小さな身体で、ラチェットがそれを分かっているのかは分からない。しかし、そうせずにはいられなかったのだ。
ラチェットがその足音に気づいてこちらを見下ろした。青くて優しい目と自分の目が合った。
2024.02.05