ハッピーバレンタイン
ハッピーバレンタイン! という言葉と共にラッピングされた小さなボックスを渡された。その言葉で中身が何なのか言われなくても分かる。
「これ、もしかしてチョコレート?」
「そ、ノアに協力してもらって用意したんだ。盗んだものじゃないから安心してくれ」
「そんなこと思ってもないけど……」
アメリカでは主に男性から女性に贈り物をするイベントだ。とはいえ、何も用意しないのは寂しくもあったので、ディラス一家へ安価ではあるがチョコ菓子は用意していた。
ミラージュに何を贈ろうと悩んでいたところに、当の本人からチョコをもらった。
まさか地球外からやってきたミラージュからバレンタインのチョコレートを用意するとは思ってもみなかったのだ。
ミラージュに急かされるまま包装を剥がして箱を開けると、宝石のように艶やかなチョコレートが一粒ずつ仕切りのついた箱に収まっていた。カカオの甘い香りが鼻をくすぐる。
「もらっていいの?」
「ああ、どうぞ召し上がれ」
じゃあ、遠慮なく。久しぶりの甘味の誘惑に負ける。その中で一番気になったチョコレートを一粒つまんで口に放り込んだ。芳醇なショコラの風味が口に広がりゆっくりとチョコレートが舌の上で溶けていく。
「美味しい、こんなに美味しいチョコ初めて食べた!」
「気に入ってくれたようで何より」
ミラージュは満足そうに頷いた。もう一粒、と手が伸びそうになったが、せっかくもらったものなんだからゆっくり味わいたい。ぐっと我慢して今食べた一粒の後味を噛み締める。
「ありがとう、ミラージュ」
「どういたしまして。……ところでダーリン」
顔を上げれば、ミラージュは私の様子を伺うように覗き込んでくる。
「なんか変わったところはあるか?」
「変わったところ?」
「そう、たとえば体が熱いとか。頭がぼーっとするとか。汗が出るとか」
「……このチョコ、何か入ってるの?」
今口に放り込んだものが、もしかしてとんでもないものだったのかもしれないという疑惑が頭に過ぎる。ミラージュは「いやいや」と否定するが、訝しげに頭を傾げている。
「ふーん、おかしいな。俺の見たデータだとチョコレートには媚薬効果があるって書いてあったんだけどな」
「何言ってんのおバカ!」
思いがけない単語にびっくりして怒鳴ってしまった。この機械生命体、私を実験台にしたのか。
「市販されてるチョコにそんなのあるわけないじゃん!」
「それもそうか。残念だな」
何が残念なの……ミラージュの思いがけない思惑につい脱力してぼやく。
「あと、俺に甘いプレゼントはないの? ノア達には用意したって小耳に挟んだぜ」
「う……」
「何だったらあれでもいいけど? "プレゼントは私”ってヤツ」
「……バカじゃないの!」
にやつくミラージュを思わず罵倒する。
顔が熱くなったのはその手があったか……なんて思った自分が恥ずかしくなったからだ。
2024.02.14