engage ring

「いいなぁ」

声にするつもりは無かったのに、無意識に声が出ていたらしく、ノアがこちらを見た。ノアはブレスレット状のデバイスを見せるように軽く手を上げて見せてくれる。

「これが?」
「あ、ちが……うん、ほんのちょっとね」

首をふりかけて、頷いた。
そのデバイスはミラージュがノアのために用意してくれたものだ。ミラージュの身体で作られたものらしいけど、どの部位から作られたものかは秘密らしい。
あのトランスワープキーを巡る戦いは終わったけど、今はノアの通信機として使われている。使うのはまれだし、外で使うことはほとんどないみたいだけど。
羨ましいと思ったのは、ブレスレットというよりノアとミラージュの関係性かもしれない。私もノアともミラージュとも仲良くしてくれていると思っている。でも、やっぱり二人はあの死闘をお互い助け合って切り抜けたためか、私とはまた違う結束があるような気がする。

……嫉妬なのかも。でも友情に嫉妬するような女にはなりたくない。だから声にしてしまったことに後悔した。
ノアは何となく私の思っていることが分かったみたいで、口笛を吹く真似をする。

「お願いだから、ミラージュには言わないでよ」
「あいつなら喜んで作る気もするけどな。彼女のおねだりだろ?」
「違うから! いい? 絶対、言わないでよ?」

もう一度念を押せばノアは肩をすくめて「分かったよ」と返答した。

「たまにはも素直になっていいと思うけどな」

ノアはそう言って、再びテレビデッキの修理を再開した。その言葉に何も返さなかった。

……そんな会話をしたのはついこの間のこと。ミラージュに「これやるよ」と手渡されたその小さなリングに少し戸惑った。

「え、何? どうしたのこれ?」
「欲しかったんだろ? オレの一部が。ダーリンはむっつりスケベだな」

ミラージュは吹き出し笑いするような素ぶりをするので、イラッとする。失礼な。

「誰が!! ……っていうかなんの話?」
「冗談だって、んな怒るなよ。ノアのデバイスが羨ましいって言ってただろ?」
「なんで……」

何でその話を知ってるの。まさか、ノアが話したのだろうか。そう思っていると、ミラージュが私の考えを見透かしたように続けた。

「言っとくけど、ノアが約束を破ったわけじゃないからな。あのデバイスの通信がたまたまオンになってただけ」
「……穴があったら入りたい」

手で顔を覆い隠して居た堪れなさをごまかす。まさか聞かれていたとは思わなかった。ミラージュに私が嫉妬してるってことを知られたくなかった。
すると、後ろから掬い取られるようにミラージュの腕が回り込んできて、その上に座った。

「いいから受け取っておけって。人間は恋人に指輪を贈るんだろ?」
「……ミラージュ、それの意味分かってて言ってる?」
「意味?」
「あのね、指輪って……あーやっぱいいや」

ミラージュは、きっと私を喜ばせるために用意してくれたのだ。人間にとって、恋人に指輪を贈ることがどういう意味かなんてこの際説明することはないだろう。今は、ミラージュが私に作ってくれたことを喜ぼう。
差し出された指輪を受け取って、もう一度よく見る。銀色の宝石も何もついていないシンプルな指輪。でも、その色はミラージュのボディとお揃いの色でもある。

「ありがとう、ミラージュ。すごく嬉しい。大切にする」
「いいってこと。オレはこの指輪の代わりにを貰うから」
「……へ?」

ミラージュはおかしそうにくつくつと喉で笑った。

「指輪ってそういうものなんだろ? “プロポーズ”っていうのをする時に渡すんだって?」
「……知ってたんじゃん。知らないフリして私をからかってたわけ?」
「騙されてたアンタが悪い。まぁ、こんな悪いトランスフォーマーに捕まった自分を恨むんだな」

ミラージュはやけに嬉しそうに笑っていて、私の不貞腐れた頬を軽く突いた。

「で、オレの贈り物はつけてくれないのか?」
「つけるよ、これでも嬉しいは嬉しいんだから……」

受け取った指輪を自分の薬指につける。恋人からもらった指輪をここにつけるのは嬉しさと恥ずかしさが混じった気持ちになる。ミラージュを見上げれば、満足そうに笑った。

「オレはを逃すつもりはないからな」

いきなり何を恐ろしいことを言うんだろう。ちょっと背筋がぞっとした。

「それじゃあ指輪というより、犬の首輪じゃん」
「どう捉えてもらってもいいぜ。ダーリンがオレの隣にいてくれるなら何だって」

例え、この指輪がなくても彼には逃れられないのかもしれないなぁ、と他人事のように思う。
私も逃げるつもりは無いけど。

2023.11.08