manicure
基地の片隅にて。そこは基地に訪れる人間のために彼らサイズの椅子やテーブル、簡単な飲み物やお菓子なんかが置かれている。
その椅子に座り、何か細々とした作業をしているの姿をアラートは見つけた。
小さなボトルに入った液体を自分の指に塗っているようだ。彼女が何をしているのか気になって、気づいた時には声をかけていた。
「……ボディカラーを塗っているのか?」
すると、彼女がこちらを見上げておかしそうに笑った。
「違うよ。マニキュアって言って爪に色を塗って楽しむの」
「……ボディカラーじゃないか」
「もう、違うったら」
は丁寧に自分の爪に色を塗る。その色は赤く、彼女の薄赤色の爪が一気に派手になった。よくそんな小さな爪に細々とよく塗れるものだとアラートは関心する。
しばらく彼女のマニキュアを塗る姿を見ていると、終えたのかが手を広げて見せた。
「ほら、可愛いでしょう?」
「あ、ああ……」
咄嗟にそう返答したが、人間のやることは理解ができない。これが人間のおしゃれらしいが、派手な赤はには似合っていないような気がした。
そもそも、人間と自分達トランスフォーマーとでは美的感覚が違う。それは分かっていても、彼女の指先が赤く染まっていることに違和感がある。いつもの指先の方がいいのではないか、とは思ったがそれを言えば、彼女は機嫌を損ねるだろうから、口にはしなかった。
そういったことを考えていると、が自分の指先に何やらちょこちょこと塗っていることに気づいた。見れば、彼女は自分の小指にマニキュアを塗っていた。
「お、おい何してるんだ」
「あ、動かないでよ。ムラになっちゃう」
思わず、手を引いて指を見る。人間で言う爪にあたる指先の背面はと同じ真っ赤の塗料が塗られている。
「おれにこういうのは必要がない」
「えぇ、よく似合ってるのに」
がマニキュアのハケをこちらに向けるのでアラートは立ち上がった。このまま居座れば彼女とお揃いの指になりそうだ。それを他の仲間に見つかれば揶揄われかねない。アラートは逃げるようにその場から立ち去った。
小指に塗られたその赤をじっと見る。艶やかな光沢のある赤はアラートの目によく止まる。の指先が同じ色に染まっていると思うと何か感が深く感じる。
「なぁに真剣に見てんだ?」
「インフェルノ、な、なんでもないさ」
そうやって自分の指を見ていると、インフェルノがアラートの見ていたものを覗き込もうとするので、咄嗟に手を後ろに隠す。
「そうかぁ? 顔が笑ってたぞ。笑ってたというかにやけていた」
「にやけてなんか……!」
アラートが声を荒げて否定しようとしたその時、遠くからコンボイの「オートボット、出発!」と声がかかったので、言葉を続けることを中断し、ビークルモードに変形した。インフェルノから逃げるように速度を上げる。
デストロンたちと遭遇し、戦闘になる。無我夢中に戦い、戦いが終わった頃には小指に塗られたマニキュアは剥がれていた。剥がそうと思えば簡単に剥がれるものだったし、こうなって仕方ない。それでも、そこにあった赤い塗料がもうないことに、アラートは言いようのない寂しさを覚えた。
サイバトロン基地へ戻り、ラチェットのリペアの順番待ちをしていると、がいつもいるスペースから華やかな声が聞こえてくる。カーリーが話しているようだ。
決して、聞き耳を立てるつもりはなかった。しかし、「アラートが」と自分の名前をが呼ぶので、思わず足を止めて聞いてしまった。
「まさか、あなたがその色を選ぶとは思わなかったわ。普段あまり選ばない色でしょう?」
「だって、アラートのボディにそっくりだったんだもの。好きな人のイメージが強い色は身に纏いたくなるの。ずっと一緒にいられるわけじゃないから、せめて色だけでもね」
「はいはい、ごちそうさま」
は赤い小さな瓶を掲げて眺めている。小瓶の中の赤い液体がわずかに揺蕩っているのを何かを思い出すような表情で見つめているので、アラートは思考が停止しそうになる。
その赤は、おれの色だったのか。そう思うと、オプティックの端がチカチカとして、ショートを起こしそうになった。そうやっていると、カーリーがこちらに気づいてこちらを見た。も視線に気づいてこちらを見る。自然と目が合うと、バツ悪そうにアラートは目を逸らした。
「アラート、聞いてたの?」
「……すまない」
謝ったものの、は何も言わない。カーリーはさりげなく立ち上がって、その場を去ってしまった。二人きりになり、彼女がかける言葉を考えているうちにアラートは指を出した。
「?」
「次は、の好きな色を塗ってくれないか」
そうすれば、指を見るたびにを思い出すことができるから。そこまで言葉にすることはできなかったが、は頬を少し赤くさせて頷いた。
その色はの指の色には程遠いほのかな赤色をしていた。
2023.10.07