どんな形でも

ミラージュとノアとでショッピングドライブをしていると、ばったり大学の友達と出会した。
友達はノアの顔を見るなり「彼氏とデート?」と言われた。後ろでただの車のフリをしていたミラージュがその言葉に無表情で反応したことに気づいたのか、ノアはすかさず「違う!」と声を上げた。
彼氏とデート、はあながち間違ってはいないけど恋人はそこに停車しているポルシェの方だ。

「あー……そう、俺たち親友なんだ」
「うん。ノアとは仲がいいけど、そういうのじゃないよ」
「ふーん? あたしならポルシェ乗りの彼氏なんて捕まえて絶対離さないけど」

冗談めいて彼女は言うけど、半分本気なのだろう。冗談に適当に笑って別れを告げた。彼女が離れていくのを見守って、ミラージュに乗り込んだ。

「……気にするな、ミラージュ」
「気にするな? 一体なんのことだ? ノア」

カーラジオからミラージュの陽気な声が聞こえる。しかし、その声は気丈に振る舞うようで、ノアと目を見合わせた。

「人間と男と女が一緒にいれば、そりゃ友達同士かもしれないけど、大体のやつはカップルだって思うだろ? 誰だって人間がトランスフォーマーと付き合ってるなんて思うわけがない。そうだろ?」

ああ、これは僻んでるなぁ、と隠れて苦笑する。

「ミラージュ、もう行こう? 家に帰って早く映画見よう」

気を取り直すつもりでそういえば、ミラージュは無言で動き出す。これはすごく気にしてる。今日、送ってもらう時寄り道に誘えばちょっとは機嫌が良くなるかな。

……ガレージに来て欲しいとミラージュから連絡があったのは、そんなことがあった翌週のことだった。バイトを終えてノアのガレージに向かった。

「ミラージュ? ノア? 来たよ」

一応入る時に声をかけるが、いつものような返答が無い。呼びつけておいて留守? と首を傾げて奥へ入ると、人影を見て思わず足を止めた。
ミラージュはそこにいた。見慣れたポルシェ姿。驚いたのはその脇に立つ人物だ。
見知らぬ人。俳優とかそういうのにはあまり詳しくないから、誰かに似ているとは例えずらいけれど、どこか既視感がある。容姿の整った青年がこちらを見て、フレンドリーにひらひらと手を振った。
あなた誰? と聞く前に“彼”が口を開いた。

「よぉ、ダーリン」
「……ミラージュ?」

その声その呼ばれ方はもしや、と思って名前を呼べば、彼は嬉しそうに笑った。

「正解。愛しのミラージュ様だ」
「うそ……でも、だって」

機械の体ではなく、私たちと同じような人間の姿。私が知らなかっただけでトランスフォーマーは人にも変形できたのだろうか?
恐る恐る近寄って、触れようとすると、私の指がすり抜けた。

「え」
「もうバレちまった。正確に言うと、オレはこっちだ」

彼は車の方を指で促す。それだけで、どういうことか分かった。

「ホログラムかぁ。にしてもすごく精密」
「他のトランスフォーマーなら、運転席に人間のホロを乗せるくらいなら誰にでもできる。でも、これだけ高性能なホログラムを映せるのはオレぐらいだぜ?」

なるほど、確かにホログラムを写す能力をミラージュが得意とすることだ。

「でも、この顔とかどこから……」
「テレビや広告やら色々見て参考にしたんだ。オレっぽくて人間でいうナイスガイだろ?」

そう言って、ホログラムの方のミラージュがポーズを決めてウインクする。おかしくてちょっと笑った。

「これなら、一緒にでかけてもおかしくはないだろ?」

その言葉にちょっと違和感がした。どうやら、ミラージュはこの間のことを気にしているみたいだ。

「ミラージュ、戻って」
「え? なんで」
「いいから、ほら」

ミラージュのボンネットを軽く叩けばホログラムは消えて音を立てて変形し、いつものミラージュの姿になった。ミラージュは少し困惑したように屈んで私の方を覗き込み、光る目を瞬かせる。ミラージュの大きな手を取った。

「あのね、これだけは言っておこうと思って。私はミラージュがトランスフォーマーでも人でも、たぶん好きになってたよ。どんな形でもね」

ミラージュを慰めるつもりで言ったわけじゃない。これは本音だ。

「ホログラムのミラージュも素敵だけど、私は本物のミラージュとデートがしたいな」
「……最高の殺し文句だ」
「わっ」

突然体が浮いた、かと思えば硬いミラージュの体が私を包んで、抱きしめられた。痛みがないように力の加減はされているけれど、それでも少しだけ苦しい。

「ミラージュ、ちょっと苦しい」
「悪い、力入れすぎちまった。でも、が悪いんだぜ、オレを喜ばせることを言うんだから」

ミラージュは私を抱え直し、顔を覗き込む。

「本当にそう思ったから言っただけだよ。それで、私を呼んでおいて今日はデートしないの?」
「まさか! 完璧なデートプランを考えてるって! ちょっと変更しなくちゃいけないけどな」
「そうこなくちゃ」

見つめあって、おかしそうに笑った。無理に形を合わせなくたって、あなたは私にとって、最高の恋人なんだともう一度囁いて唇を寄せた。

2023.10.01