柔らかに触れる
「悪いがあまり近寄らないでくれるか?」
その言葉を聞いた時、目から溢れそうな涙が流れないよう耐えることしかできなかった。
「やだやだやだやだ」
ずるずると、ミコに引っ張られてバルクヘッドの車内へと引きづられそうになる。足に精一杯力をこめて抵抗した。
「無駄な抵抗やめて早く乗って!」
「嫌ったら嫌!」
「なぁミコあまり無理強いしなくても……」
「バルクヘッドは黙ってて!」
助け船を出してくれたバルクヘッドはミコに怒鳴られて黙ってしまい、攻防戦が再開する。何がなんでも、乗りたくない。
「……二人とも何やってるの?」
そこへ、ジャックとラフが来てくれた。ジャックの傍らにはバイクに変装したアーシーもいる。
二人に気をつけとられたのか、ミコの力が一瞬緩んだ。その瞬間を逃さずその手を振り払って二人の後ろに逃げた。
「あ、もう! ってばこのまま逃げてばっかでいいの!?」
「いい、もう基地には行かない」
「そういえば、今週ずっと基地に来てないよね、何があったの?」
「ええと……」
ジャックに聞かれて言い淀んでしまう。とても言いづらい。私の代わりにミコが呆れとイラついた風に答えた。
「ラチェットに嫌われたんだってさ。そんなことあるわけないのに!」
「ええ、なんでまた。喧嘩でもした?」
ジャックとラフは驚いたようだった。喧嘩したわけじゃない。
「……ラチェットは私のこと邪魔だって思ってるみたい。そう言われたの」
「何かの誤解だろ? 僕らが騒がしくしたら叱られるのはいつものことだし」
「そうだよ、よりもあたしの方が怒られてるよ。ラチェットに直接聞いてみたらいいじゃん!」
「……でも」
言葉を続けようにも、ラチェットに拒絶されたことを思い出すと喉が締め付けられる。声にしたら涙も出そうで何も続けられなかった。
すると、それまで黙っていたアーシーが声を発した。
「……ねぇ、ジャック、あなたはラフとバンブルビーと行ってくれる?」
「え?」
「私はと一緒に行くから。少し二人で話させてもらえない?」
絶対に行かないから。言葉にしたけど無視される。
「そりゃいいけど……」
「ここは私に任せて。女同士何かと話しやすいでしょう?」
アーシーがそう言うと「あたしも女なんだけど」とミコが言う。表情は分からないけどバルクヘッドが苦笑したような気がした。
「ラチェットに必ずを連れてくって伝えて」
そう言われたとしても、私はやっぱり行きたくない。でもアーシーは確信したように言っていた。
アーシーに乗って──とは言っても操縦は彼女に任せていたけど、人通りの少ない空き地へと連れていかれた。アーシーから降りると彼女は変形して人型に戻った。
「さぁ何があったのか話せるかしら。あんなに人が多いと話しづらいでしょう?」
アーシーは柔らかい口調で私に問いた。先ほどまでの喉の締め付けは少し緩んで話しやすくなった。
「私が悪いの。ラチェットの仕事中に周りをウロチョロしてたから。そしたらあまり近寄るなって」
「それはいつものことでしょう? 基地ではラチェットのそばにいることが多いじゃない」
「それはそうだけど、ラチェットは前から邪魔だと思ってたんだと思う」
言葉にすると言われた時の悲しみが再びぶり返してきた。拒絶されたり嫌われたりするのは辛い。特に、私が大好きだと思う人だと尚更。
「そう、何となく状況は把握した。でも、やっぱりラチェットに聞いてみた方がいいわ」
「ええ……行きたくない、次また否定されたら私今度こそ泣くよ」
「大丈夫。私もラチェットと同じトランスフォーマーだから、なぜ彼がそんなこと言ったのか何となく分かるの」
「じゃあ、どうして?」
聞いてみたけれど、アーシーは苦笑するように息を吐いて首を振った。
「それは私じゃなくてラチェットに聞くことでしょう?」
「それは……」
「それにね、あなたがしばらく来ない間、ラチェットは様子がおかしかったのよ」
「おかしい?」
「あなたが来ていないかいつも気にしてたわ。隠しているつもりなんでしょうけど、バレバレ。あれで隠してるつもりなんでしょうけどね」
アーシーはおかしそうに笑いながら話をしてくれた。全く気にしていないわけではなさそうなことに、少しだけホッとした。
「……もし、また落ち込むことになったら励ましてくれる?」
「あら、随分弱気じゃない」
大丈夫よ。ともう一度アーシーは念押ししてくれた。でも、やっぱり私は不安だった。
不安を抱えながらアーシーに乗せられていつもの基地に着いた。中に入れば、ミコたちはバスケットをしていた。
「あ、! やっと来た!」
すぐさまミコが私に気づいてくれて駆け寄ってボールを投げた。ちらと見れば、ラチェットも機材を触っているようだったけど、こちらを振り返ろうともしない。
「あたしのチームに入ってよ、バルクヘッドとあたしだけしかいなくて……もごっ」
「あーミコ、ちょっとあっちで遊ばないか?」
「え? 何で、バスケ始めたばっかじゃ……」
何かミコが言いかけたが、強引にジャックが引き連れて格納庫の外へ出ていく。気を使ってもらったみたいだけど、できれば一緒にいてくれた方が気が楽だったんだけどな。
残されたのは私と未だこちらを見ようともしないラチェットだけ。その背中に声をかけづらくて、何て声をかけようとしどろもどろになっていると、ラチェットの背中向こうから声がした。
「君は行かなくていいのか」
「う、うん。いい、ここにいる」
「そうか」
会話終了。ラチェットの機械を触るわずかな音だけ響く。恐る恐るラチェットの方へ近寄った。すると、くるりとこちらを振り返った。
「どうした? そんなところで、早くこっちに来なさい」
「え、でも、あんまり近寄ると……」
ラチェットにまた拒絶されるのでは、と思っていたのに思いもよらない返答に驚いた。すると、ラチェットは小さく息を吐いて、手のひらをこちらに差し出した。どうやら乗れ、と言っているようだ。その手のひらに乗れば、そのまま機材の上に乗せられた。
「あれはだな、その……あまり近づいてもらうと、何かの拍子にケガをさせてしまいそうで」
「……そんなことだったの?」
そんな理由であんなことを言ったのか。そんなの今更じゃないと思ったけれど、ラチェットはちょっと怒ったように言い返した。
「そんなことだと? お前さんたちと私たちとでは全く違うんだぞ。この足が君を踏みつけたらどうなる、何かの拍子に手が当たったらどうする? もしかしたらケガなんかじゃ済まないかもしれない」
ラチェットは自分の手を広げて見せる。確かに、その金属の手は、私なんか簡単に弾き飛ばせるほど頑丈だ。その手がそっと私に近寄る。でも、決して触れようとしない。
「……、お前はあまりにも小さく柔らかな体をしている。もし傷つけたらと思うと私は……」
ラチェットは恐れているのだ。私を傷つけることを。ラチェットは目を伏せる。でも、あまり怖がらないでほしい。傷つけることが怖くて、ラチェットのそばにいられないことはそっちの方が辛い。
「ねぇ、ラチェット、私に触って」
「な、何を言って……」
「大丈夫。私、ラチェットが思うほど弱くないよ。ほら」
腕を広げていつでもどうぞ。と促して見る。ラチェットの手はしばらく宙をふらふらと彷徨っていたが、一本だけ指を出して、私の肩に触れた。決して痛みも感じない。きっと、ラチェットにとっては本当に弱い力なんだろうけど。
「ね、平気だよ。あんまり怖がらないで。私、ケガをすることよりもラチェットのそばにいられない方が辛いよ」
「ん、んん……」
ラチェットが照れを誤魔化すように咳をする。それがおかしくて、ラチェットの手に思いっきり抱きついた。
「お、おい!」
「ラチェットがまだ怖いなら私から触れていけばいいんじゃない? ちょっとずつ慣れてもらうためにもさ」
「ば、ばかなことをいうんじゃあない、ほらもう離れるんだ」
「えー」
えーじゃない!とラチェットに振り払われた。振り払われる力も柔らかくて優しい。慣れるもなにも、そんなの必要なさそうだ。
2023.09.11