芽を摘むにはまだ早い

「あなた達は、恋をするの?」

叶わない恋だということは、初めから知ってたことだった。それでも、想わずにいられなかった。

「するさ。好意に思う気持ちは私たちにだって、もちろんある」

マイスターは少しだけ口元を上げて優しく答えた。金属なのに滑らかに動く口元をぼんやり見つめていた。

「……しかし、好意に思うことが、君たちの言う恋とは限らないだろう」

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マイスターを好きになったことは、誰にも話したことがない。でもカーリーはもしかしたら気付いているのかも。行きたいと私が口で言わなくてもサイバトロン基地へ遊びに誘ってくれるから。
誰にも、マイスターにもこの気持ちは伝えるつもりは無かった。気持ちを言葉にすることで、形に見えるかもしれないと怖くて何も言えなかった。
人間とロボット、宇宙人、機械生命体。恋が叶うことは無いのだから、この愛おしい気持ちは大切に私の心の中にしまっておこう。マイスターに恋について聞いてそう決めた。
私のこの恋は芽吹くことなく、種のまま土の中でくすぶりながら枯れ果てることになるのだろう。

「どうして? 先週はあんなに楽しそうだったじゃない」

カーリーは納得していないように私の顔を覗き見た。その目を逸らすように応えた。

「今日は先約があるから」

嘘の予定を伝えるとカーリーは諦めたように「なら、仕方ないけど……」と言った。

「でも、アンナどうしたの? 先週からずっと基地に行ってないじゃない」
「……そういう気分が続いてるだけ。もう行くね」

スパイクによろしくね。とカーリーに手を振って教室を出る。カーリーがまだ何か言いたそうにこちらを見ていることに、気づかないふりをした。
頭の中で、ひたすらマイスターのあの言葉が壊れたラジオのように繰り返されている。
……好意に思うことが、君たちの言う恋とは限らないだろう。
あんなに優しい声音なのに、酷く残酷に聞こえた。その言葉は私の心臓に突き刺して離れなかった。片思いの相手である本人に、私の気持ちを優しく否定されたのだから。
マイスターは私の気持ちにとっくに気づいる。気づかないふりをして、優しく突き放す。どんなに優しくても、私の心は失恋でずぶずぶに形が崩れそうになった。
ここ一週間ほど基地にずっと行っていない。マイスターに合わせる顔が無い、というか顔を見たら泣くのが目に見えている。

「……アンナ、もう帰るのか?」

キャンパスを出ると、授業をいくつか一緒に取っている男の子に声をかけられた。

「最近カーリーと一緒じゃないんだな、喧嘩でもしたのか?」
「まさか。カーリーとは仲良しだよ」

ふぅん。とそれほど興味がなさそうに彼はつぶやき頰をかいている。

「なぁ、今日暇? 俺んち来ない?」
「……いいよ」

いつもなら、断っていた誘いもなんだかOKしてしまった。なんだかどうにでもなってしまえばいいと、気持ちが投げやりになっているのが分かった。
彼と一緒にキャンパスを出て、あの授業の内容が難しいだとか、新曲テープの話や、飼っている犬の話やら当たり障りの無い話をする。彼はおっとりとした性格で、一緒にいて嫌な思いをしたことがない。

「……? なんだ、この音」
「音?」

彼がふと、立ち止まって振り返る。私もそれを真似るように振り返ると、タイヤのスキール音と共に車が私たちの前に停車した。見覚えのある白いポルシェだ。
私も彼も突然現れたマイスターに驚き、言葉を失う。それに構わずマイスターは助手席のドアを開けた。

「……デート中、驚かせてすまない。アンナ、急いで基地に来てくれ」
「え?」
「説明は中で。さぁ乗って!」

口調はいつもより荒々しく、急かす彼はいつものマイスターらしく無い。戸惑いながらも、基地で何かあったのかもしれないと思い、未だ惚けている彼にごめんと謝ってマイスターへ乗り込む。そうすると、するりと後ろからシートベルトが伸びて私の体を縛るように固定されるとマイスターはその場を走り去った。

「——それで、何があったの?」
「…………」

車内は音楽一つも流れていない。音楽が好きな彼は私を乗せている時はいつも何か音楽をかけている。無音の車内は初めてでどこか居心地が悪かった。マイスターに何があったのか聞いてもなに答えてくれない。

「……嘘だったの?」

そう聞くと、マイスターも「……ああそうさ」と肯定した。

「どうして嘘なんて……」
「君がいけないんだ。君が、基地に来なくなったから。それに……君が人間の男と歩いているのを見て、アンナが、離れていくのが耐えられなかった」

それは、嫉妬ではないだろうか。胸がちくちくとマイスターが嫉妬していたことを喜んでいる。

「居ても立っても居られなくってしまったんだ。……身勝手だと思っただろう? 君にああ言いながら、つまらない嫉妬をして」

何て返そうか舌を動かそうとするけど、うまく言葉になってくれない。
マイスターは私が怒っていると勘違いしているみたいだけど、その逆だ。嫉妬してくれたことを、喜んでいる。

「……怒ったかい?」
「怒ってないよ。ただ、びっくりしただけ。……ねぇ、あなたが連れてきたんだからこのままどこか連れてってよ」
「!ああ、もちろん。どこへ行きたい?」
「どこへでも!」

私は恋をしている。この恋が叶うことは無いのかもしれない。
でも、このまま芽吹くことなく土の中でくすぶり続けるものだと思っていた想いに、少しでも彼が答えてくれることがあるのなら、想い続けていたい。