Aldebaran※Twitterの別名義垢(削除済)に掲載してた話

ブレーキをゆっくり踏んで、ギアをパーキングに入れた。それと同時に時間を確認する。時刻は二十一時十四分。

「お疲れ様、遅くなってごめんね」
「いえ、大丈夫です。送っていただいてありがとうございました」

車に同乗している彼らに声をかけると、そう返事がかえってきた。
今日の彼らの仕事は、ラジオのゲスト出演。High×Jokerが出演するドラマの番宣のためにメンバーのうち旬、夏来、四季が出演した。収録を無事に終えて彼らを家に送る。これで今日の仕事は終わりだ。まずは旬と夏来の家前に着くと、後部座席に座る二人は車内の荷物をまとめて車を出る。夏来が降りる前にお辞儀をしてくれた。

「じゃあ、旬っち夏来っち、また明日っす!」

助手席に座る四季がひらひらと手を振って見送る。収録後だというのに、四季は元気だ。旬は何か言いたそうに顔を顰めて口を開きかけるが、結局何も言わずに「おやすみなさい」と挨拶した。おやすみ、と手を振って二人を見送った。
二人が自宅へ入るのを見守ってから腕を回して伸びをした。首周りがバキバキと音がして、肩こりを知らせる。サイドブレーキを戻し、再び車を走らせる。近所迷惑にならないよう、できるだけゆっくり発進させた。住宅街を少し外れて、大通りへ。次は四季の家へ向かう。
四季は珍しく静かだった。旬と夏来がいた時は、あんなに元気で喋りっぱなしだったのに。ちらりと横目で見ると、眠っているわけではなさそうだった。スマホを見ているわけでもなく、唇を軽く噛んで前のフロントガラス向こうの光景を見ている。──嫌な予感はしていた。寝ていた方がずっと良かったかもしれない。

「……あの、さ。プロデューサーちゃん。この間のことなんすけど」

予感は的中した。ため息を押し込んで四季の言葉を遮る。

「その話はもう終わったでしょ」
「けど、納得いかないっす。なんでダメなんすか!」
「私は付き合わないし、付き合えない」

その不服げな声に、今度は本当にため息が出た。

四季に告白されたのは二週間ほど前のこと。
事務所で仕事をしていると四季が訪ねてきた。その日、四季はレッスンも仕事も特になく、オフの日だった。

「四季、どうかした?」
「あーっと……近くを通ったんで、ちょっと寄ってみたんす」
「そう? 悪いけど、ちょっと手が離せないから、適当に座ってて」

その時は四季のおかしい様子に気づかなかった。山村君も買い出しで出払っていて、事務所には私と四季のみ。私はしばらくの間、パソコンに集中していた。もうすぐ打ち合わせで出かける予定で、それまでに受信したメールに目を通して返信したかった。
そうして画面に集中し、気付くとすぐ横に四季が立っていた。目線に気付いて顔を上げると、真っ赤な顔で私を見下ろしていて、目が合う。四季が立っていることに全く気づかなかった。どのくらい彼がそこに立っていたのかは分からない。

「四季?」

どうしたの? そう聞く前に、四季が口を開いた。意を決したような表情。顔は赤く、目に力が入っている。

「おれ、プロデューサーちゃんのことが好きっす」

真っ直ぐな、眩しいとすら感じるその言葉の衝撃は凄まじかった。恋愛経験は多少ある。でも、こんなに青臭い告白を受けたのは初めてのことで、まるで自分が十代の高校生になってしまったかと錯覚しそうだった。四季はそれだけ言うとすぐに目線を落す。ユニットの中でも明るく、ムードメーカーの彼がこんな表情を見せるのは珍しい。だからこの告白は彼の本当の思いを告げてくれたのだろう。
正直、悪い気持ちにはならなかった。むしろ、初々しくて可愛げすらも感じる。けれど、私はそれを受け入れることはできない立場だ。私はプロデューサーで、彼はアイドル。所属しているアイドルには、交際を含む交友関係には極力口出ししないつもりでいる。しかし、自分はまた別だ。アイドルとプロデューサーが恋人になるなんてとんだスキャンダルだ。週刊誌にすっぱ抜かれでもしたら、他のアイドルにも影響が出る。そもそも、私はいい年した大人で、四季はまだ未成年だ。気持ちに応えるわけにはいかない。

「気持ちは嬉しい。でも、私はそれに応えることはできない。……理由は分かるでしょう?」

彼を傷つけないよう、言葉を選んで断ろうとした。四季の目を見ようするが、彼は目を伏せて逸らしたままだ。

「……わかりたくないっす」
「四季、聞き分けの悪いこと言わないで。付き合うわけにはいかない」
「じゃあ、おれが大人だったら付き合ってくれるんすか?」
「そうじゃなくて……自分とこのアイドルとは付き合わない。そう決めてるの」

彼らをトップアイドルにする。それが私の目標であり夢だ。スキャンダルは避けたい。四季は不服そうだった。この少年とも青年とも言えないあいまいな年頃の彼が、納得しないのも仕方ないのかもしれない。恋心を忘れるには、それなりの時間が必要なだろう。

「でも、おれ──」

四季が食い下がろうとして、口を開いた時だった。「ただいま戻りましたー」と、山村君ののんびりした声が入口から聞こえた。私も四季もそちらへ視線をやると、エコバッグを肩から下げた山村君が顔を覗かせた。

「あれ、四季君来てたんですね」
「おかえり、山村君」

ナイスタイミングだった。何事もなかったように山村君にそう返して、パソコンの電源を落として立ち上がる。四季の何か言いたげな視線を無視し、自分の鞄に書類やスマホなどを入れていく。

「私、そろそろ行かないと。今日は遅くなるから直帰します。戸締りよろしくね」
「はい、いってらっしゃい」

山村君が買った物をテーブルに広げながら見送ってくれる。鞄を片手にして足早に出入り口へ向かった。

「じゃあね、四季」
「プロデューサーちゃ……」

すれ違いざまに一言だけ挨拶する。四季の何か言いたげな声は聞こえないふりをしてしまった。

私の中では、この話は終わりのつもりだった。いや、無理矢理終わりにしようとして、程よく逃げてしまった。だから、四季はまだ終わりだとは思っていない。あの場ではっきりと断ればよかったと、今になって後悔した。

「プロデューサーちゃんは、他に好きな人がいるんすか?」
「……いないよ」

いるよ。と言えばもしかしたら諦めてくれるかもしれない。でも、そう思うよりも口が早く動いていた。

「じゃあ……」
「それとこれとは別。しつこい男はむしろ嫌われるよ」

四季の唸る声が聞こえた。しつこい、という自覚はあったらしい。

「四季もさ、これから色んな人と会うことがあるんだし、もっと良い人いるって」
「容赦ないっすね……おれ、失恋したばっかなのに」

口を尖らせて言う四季に苦笑しか返せなかった。住宅街を外れてしばらく商店街の道を走らせる。対向車線の車のライトやオレンジ色の電灯が、暗い車内を照らしては消える。前の信号が直前で赤に変わり、停車した。ウィンカーで左折の合図をつける。四季の家はもう少しで着く。

「じゃあ、もしおれが大人になって、プロデューサーちゃんに好きな人がいなかったらまた告白するっす」
「だから、」
「その時は、フるのが惜しいくらい良い男になってるから、期待してまってて欲しいっす」

四季がにっと笑って言う。無邪気なのに、どこか大人びいているようにも見えた。何だかその笑顔には敵わない気がしてきた。断っても断っても、諦めようとしない、その心に、どんなに正論を並べても四季には意味が無いことなのだ。

「──分かった。けど、私の理想はかなり高いからね」
「臨むところっす!」

息巻いて言う四季に思わず吹き出してしまった。四季は本当に前向きな子だ。

「……あのさ、プロデューサーちゃん。一つお願いしてもいいっすか?」
「何?」
「手、繋いでほしいっす」
「あのね、今運転中」
「青! 青になるまででいいんで!」

いきなり何を言うんだと、少し呆れてしまった。失恋した相手に図々しいお願いだと思わなくもない。けれど、恥じらうように目線を落とし、手を差し出す四季が何だかいじらしく見えて、左手を差し出した。四季がその手に触れてそっと包んで握った。へへっ、と四季が照れをごまかすように笑った。その手は思ったよりも大きい。私の手を包みこんでしまうには少しだけ足りないけれど、しっかりとした、男の子の手だった。
その温かい手に少し胸の奥がじわじわと熱いものが込み上げてきた。気のせいか何かだと、自分に言い聞かせて、前の信号が変わるのを今か今かと待った。
決して、絆されたわけではない。決して。

2023.10.31