似たもの同士
「プロデューサーと薫さんって、なんだか似ていますね」
今日の正午、ドラスタのダンスレッスン中に差し入れを持っていった時のことだった。薫さんとスケジュールについて話をしていると、そう翼さんに言われた。彼にとっては他愛のない言葉だったのだろう。私はその言葉にぽかんとしてしまったし、薫さんは「何を言っているんだ、君は」と呆れたように答えた。なぜ翼さんがそう思ったのか説明を聞くことなく、次の現場へ向かうためレッスンルームを後にした。
なぜ、翼さんは私と薫さんが似ていると思ったのだろう。自分にも他人にも厳しくて几帳面な薫さんと、ズボラでそそっかしい私。顔立ちも身長も何もかもが違う。……どう考えても似ているとは思えない。
そうは思いながらも、深く追求するには次の予定が差し迫っていたため、挨拶もそこそこにレッスンルームを後にすることにした。
「うーん……」
目に入った時計にハッとして、再びパソコンの画面を見た。企画書は書きかけのまま止まっていることを思い出し、自分の遅筆っぷりに嫌悪してため息が出た。
時計はそろそろ日付が変わることを知らせている。このイベントの企画書はまだ締め切りに余裕があるものの、今後のスケジュールのことを考えると今日中に済ませておきたい。そうすれば明日以降、時間に余裕が生まれるからその分仕事ができる。
事務所に所属するアイドル達の仕事が少しずつ増えてきた。一つでも多く彼らが活躍する場所を増やしたい。
とはいえ、少し根を詰めすぎたみたいで、意識していなかった肩こりや目の疲労感が襲ってきた。そういえば最後に食べたのはいつだっけ。一時間ほど前にドリンクを飲んでから何も食べていない。空腹を感じると集中力が切れてしまった。
何か食べよう。近くのコンビニへ向かうことにし、上着を羽織って財布とスマホだけを持って事務所を出ようとドアを開けようとした。しかしドアはひとりでに開いて、驚かされた。
「……薫さん?」
ドアを開けたのは薫さんだった。昼のレッスン着ではなく、普段着にコートを羽織った格好だ。彼も私の姿に少しだけ驚いたのか目を少しだけ見開いてまたすぐ鋭い目つきになった。
「君、まだこんな時間まで残っていたのか」
「え、ええ、ちょっと……それよりも薫さんこそ、どうしたんですか?」
「……たまたまここを通り過ぎたら、事務所の明かりがついていたから確認しに来ただけだ」
薫さんは眼鏡の位置を直しながらそう答えた。そうだったんですね、と頷くとその眼鏡のかかった眉間に一つ皺が寄った。
「それよりも、こんな時間まで残ってまで忙しいのか、君は」
「そういうわけではないのですが……」
「だったら、早く帰宅した方がいい。明日も仕事があるだろう。根を詰めすぎて体調を崩されてはこっちが迷惑だ」
「それを言うなら薫さんだって……!」
つい言い返そうと思って声を上げると、薫さんが少しだけ表情を変えた。何かを思い出したように目を開き、そしてまた不機嫌そうな顔つきに戻った。ため息をついて視線逸らされる。
「……柏木の言っていたことはこういうことか」
「え?」
「昼間、僕とプロデューサーは似たもの同士だと言われただろ。きっと、こういうところが似ていると言いたかったんだろう」
「あ……」
ドラスタのレッスン時に訪れて行った薫さんとの打ち合わせ。内容はスケジュールに関するものだった。
新規にもらったオファーのいくつかがブッキングしており、一時的とはいえ過重スケジュールとなっていたため、いくつかリスケしようと相談を持ちかけた。しかし、薫さんは問題ないからそのまま進めてくれ、と言うため「頑張りすぎも体に毒ですよ」と少しだけ言い合いになったのだ。
そんな時に、翼さんに例のことを言われたのだ。
「あはは……なるほど、そういうことでしたか。私たち、ちょっと頑張りすぎたみたいですね」
そんな時、私のお腹がくぅと鳴った。なんて空気の読めないお腹なんだ。つい桜庭さんに今の聞こえました?と聞くように顔をあげると、盛大なため息をつかれた。
「食事もしていないのか、バカなのか君は」
「た、食べ損ねてしまって」
「……もういい、帰る支度をしろ」
「え?」
桜庭さんは私の横をすり抜けて戸締りの用意をする。
「このまま放っておけば、朝まで仕事を続けそうだ。君が食事をして家に帰るまで見張るからな」
「み、見張るって……桜庭さん、私もう帰りますから」
「早くしろ。……僕だって、暇じゃない」
ふいと彼が視線を逸らす。ああ、これは少しだけ照れているのだ。それを指摘したら本当に怒ってしまいそうなので、従うことにした。
パソコンの電源を落として、必要な書類をまとめカバンにしまう。すると、桜庭さんがコートを差し出してくれた。それを受け取ってお礼を言う。
「礼はいい。……早く行くぞ」
「はい!」
先に行く桜庭さんを追うように事務所の出口へ向かう。電気を消し、事務所の扉を閉めた。
2023.05.05