It's your call

「おい」
「ちょっとこい」
「なぁ」
「お前、いい加減に──」

「あのう!」
「は?」

は耐えきれなくなってガンマックスの言葉を止めるように声を上げた。突然大声を上げたにガンマックスは怪訝そうにしている。

「そのなあ、とかおい、とかお前とかやめてくれませんか?」
「……なんだよ」

少し前から気になっていたことだ。ガンバイクの機付長になってガンマックスとの付き合いもそれなりに長くなるというのに一度も名前を呼ばれたことがない。
おい、とかお前といったおざなりな呼び方でしか呼ばれないことに気づいた。一度気になってしまうと、もやもやとしてしまう。

「名前で呼んでください! 私には藤堂っていう名前があるんですから!」
「つってもおやっさんと同じ苗字じゃねぇか。ややこしいだろ」
「だったら名前で呼んでもらっていいですよ? ちゃんって」

自分の顔を指さしながらニコリと笑うと、ガンマックスは嫌そうに顔を顰めた。そんな顔しなくてもいいじゃないか。はそう反論したくなる。

「んだよそれ、気持ち悪いな」
「気持ち悪いとはなんですか、人の名前に失礼ですね。ほら、ちゃんって呼んでください!」

ほらほら! とがガンマックスの足元に近寄る。それを邪険に扱いたくなったのか手で追い払おうとするが、大きさや力の差を気にしてか手を出しただけでガンマックスはそれ以上に触れようとしない。

「やめろ! 誰がお前を呼ぶかってんだ!」
ちゃん!」

突然、新しい声が聞こえた。の名前を呼ぶ声にガンマックスは虚をつかれたように閉口した。ドリルボーイが二人の元へ駆けつけ、に目線を合わせるように屈む。

「ねぇ、この間見てもらったところやっぱりおかしいんだ。もう一回見てくれる?」
「いいですよ。用意しますから、待機台で待っててください」

の言葉に「はぁい!」と調子よく返事をするドリルボーイ。それに少し笑ってはメンテナンスの用意のためその場を離れた。

……突然現れたドリルボーイの首根っこを掴むような風に首元を掴んだガンマックスは声を絞って睨んだ。

「なんでお前があいつに頼むんだ。自分んとこの整備班に見てもらえよ」
「だって、僕んとこのチームは問題ない異常なしって言うんだもん。別にダメっていわれてないしいいじゃん」
「あいつは俺のガンバイクのメカニックだぞ」

口を尖らせて言うドリルボーイにガンマックスは苛立たしそうに表情を歪めた。そんな様子のガンマックスにドリルボーイは「あ」と声をあげニヤニヤと笑った。

「なぁに、ガンマックスってばちゃんとられて妬いてんの?」
「冗談言うな、バカか!」
「おまたせしました、何喧嘩してるんです?」

が戻ってきたところをガンマックスは一睨みする。

「なんでもねぇよ」

何でもないという割に機嫌を損ねたような態度だ。そのままガンマックスは背中を向けてメンテナンスルームを出ていこうとする。
の「ガンマックス、どこに行くんですか?」という言葉も無視して去ってしまった。

「何なんですかあれ」
「拗ねちゃって大人げないよねー」
「拗ねる? ドリルボーイ、一体何の話をしてたんです?」
「大したことじゃないよ、それよりお願いしてもいい?」
「あ、はい。どうぞ」

頼まれていたことを思い出したようにはドリルボーイに促した。待機台に立ったドリルボーイの傍ら、メンテナンスを始める。

ちゃんはガンマックスの整備とかしたことないの?」
「当直になったらしますけど、本格的なものは今の所したことがないんですよね」
「へえ、意外! じゃあブレイブポリスメンバーの整備は僕が初めて?」

ドリルボーイは嬉々とした声で聞く。そんな彼には苦笑した。

「そんなことないですよ。ガンマックス担当前はデッカードさんの整備班に所属していましたから」
「ちぇーなんだぁ。でもさ、何で今はガンバイクの整備担当なの?」
「主任にお願いしてるんです。色んな経験がしたいからって。積極的に配属を変えてもらうようにしてるんです。そうすれば、皆さんに何かあった時に私も修理できるようになりますから」

当然、緊急時のヘルプ時は担当ではないメカの整備をすることもある。しかし、経験があるのとないのとでは全く違うものだ。

「じゃあ、いつかガンマックスの整備もするの?」
「そうですね、必要な時になったら。でも、ガンマックスは嫌がるかもしれないですね。私、ガンバイクのことになると口うるさいから、煩わしく思われるかも」
「僕なら大歓迎なんだけどなー。あ、だったら次は僕の担当になってよ!」

ドリルボーイが嬉々として誘いかけてくる。嬉しい誘いに素直にお礼を言う。

「ありがとうございます。でも、それを決めるのは主任ですから」

今の所、ドリルボーイ班に欠員はないし、ガンバイク整備もの他替わりはいない。当面の間は配属変えはないだろう。
そっかぁ、というドリルボーイの相槌を聞きながらメンテナンスを進める。
いずれは、ドリルボーイやガンマックスの班に配属されたらいいなと思いながら。

その日、は当直の日だった。
ハイテクメカを悪用した犯罪は昼夜問わず発生する。夜も必要になればブレイブポリス達は出動するのだ。そういった時、すぐに修理や整備をできるように技術開発部では当直が交代で回ってくる。

同じ当直に当たった社員が仮眠のため出払い、は一人メカニックルームで留守番をしていた。
当直の暇な時はガンバイクの新機能の開発や試作品制作をする時間に当てていた。とはいえ、いつブレイブポリス達が運び込まれてもおかしくないので大掛かりなものは作らない。

細かな部品をいじったり、組み立てをしていると遠くから足音が聞こえてくる。大きな身体が歩いてくる音は聞き慣れたものだ。慌てて手にしていた部品を机の隅に寄せて彼らを迎える用意をした。

さん。彼を頼めるか」

訪れたのはデッカードと彼に肩を貸されたガンマックスだった。ガンマックスのボディは損傷が酷く、激しい戦闘があったことを物語っている。

「デッカードさん、こちらに!」

はデッカードにガンマックスを整備台に寝かせるように案内した。寝かされるとガンマックスが苦しそうに呻く。

「くそ……情けねえザマだ」
「不意打ちをくらったんだ、仕方ない。すまないが後を任せていいだろうか? ビルドチームに現場を任せているんだ」
「はい! あとは任せてください、お気をつけて!」

ありがとう、行ってくる。そう言い残してデッカードはパトカーの姿にチェンジしてその場を後にした。
こんな時でもデッカードさんは爽やかで素敵だな……と一瞬仕事を忘れかけた。ハッとしてガンマックスの修理に取り掛かる。まずは状況のチェックだ。ガンマックスのボディに電極パッドを貼り付けていく。

「そう言えば、ガンマックスの整備は初めてですね」
「変なところいじるなよ」
「いじりませんよ!」

そんなやり取りをしながら修理の準備をしていく。
外装は派手に損傷しているが、内部ダメージはさほど大したものではなさそうだ。分析結果が表示されたモニターを見てホッと胸を撫で下ろした。もっと酷ければ仮眠を取りに行った班員を叩き起こさないといけないからだ。さっそく修理に取り掛かった。

「……お前、デッカードにも名前で呼ばれてるんだな」

上司でもあり、叔父でもある藤堂と同じ苗字だから、職場ではほとんど名前で呼ばれている。それも今では慣れたことだ。

「そりゃそうですよ。主任と同じ苗字なんですから」

ドリルでボディの修繕をしながら会話をする。内部の損傷がひどければガンマックスの意識回路をオフにする必要があるが、今回はそうする必要がなさそうだ。

──修理は一人でどうにか終えられた。
とはいえ、正式なガンマックス整備班ではないでは対応できない箇所やチェックした方がいいところもある。それは明日に行うことにした。おそらく今日はガンマックスが出動することはないだろう。

「とりあえず、大きな損傷だけは修繕しました。細かな部分やチェックは明日の朝出勤してから行いますから、今日はもうゆっくり休んでください」
「わーったよ」

適当な返答ももう慣れてしまった。小言をいう気も起きない。ガンマックスが半身を起こし問題なく立ち上がったのを見守ってから片付けを始めた。使った道具や取り替えた壊れた部品の処分をする。

ここにはとガンマックスの二人しかいない。名前を呼ぶのは一人しかいない。
ガンマックスに名前を呼ばれ、驚いて拾い上げた部品をその場に落としてしまった。金属の冷たい音が響いた。

「な、何だよ」
「い、いやその……思ったより、下の名前で呼ばれるの照れちゃうなって」
「……もう二度と呼ばねぇ」

拗ねたようにガンマックスは踵を返す。は慌てて追いかけた。

「あああごめんなさい! これから慣れますから!」
「ぜってぇ呼ばねぇからな!!」
「そんなこと言わないでくださいよ!」

二人はいつものように口論をする。深夜のメカニックルームに二人の声が響き渡り続ける。
それは、事件を解決した他のブレイブポリスメンバーが帰ってくるまで続けられた。

……そうやって口論しながら、はふと考える。
職場の誰にでも下の名前で呼ばれることに慣れている。デッカードやドリルボーイ、他のブレイブポリス達にも名前で呼ばれている。でも、どうしてガンマックスに呼ばれただけでこんなにも動揺してしまったのだろう?
答えは結局分からない。分からない、ということにしておいた。

2024.08.11