Good luck

「ガンマックス!」

メカニックルームに女性の甲高い声が響いた。
その声を聞いたメカニックルームにいた作業員は全員「ああ、またか」と思う。慣れたことなのでそちらの方へ目も向けず、自分たちの仕事を続ける。

声の持ち主である彼女は大股でそのブレイブポリスへ近寄った。そのブレイブポリス──ガンマックスは辟易としたように彼女を見下ろす。

「なんだよ」
「なんだよ、じゃありませんよ! 一体どうガンバイクに乗ったらあんな有様になるんですか!」

彼女は怒りを抑えきれず、声を張り上げた。しかし、自分のよりうんと小さな身体の人間に怒鳴られても何も怖くないのか、ガンマックスは平然としていて、ため息を吐いた。

警視庁科学技術部所属の藤堂はガンマックスの乗るサポートメカ、ガンバイクの機付長だ。若く経験はまだ浅いが、技術は確かで機械いじりや機械好きなのは叔父譲りだ。

彼女の怒りは治る様子はなく、続けた。

「部品はほぼ全とっかえ、しかも特注のものもあるから予算のことを考えると……」

は頭の中で計算をしているのだろう。その表情は苦いものになり、ガンマックスを睨みあげた。

「前言いましたよね? 修理するのには時間もお金もかかるからもう少し大事に乗ってくれって!」

頭を抱えるようにが言うが、当の本人であるガンマックスは反省する様子もなく、表情を顰めている。

「言葉を返すようだがな、悪い奴らを捕まえるのが俺の仕事だ。奴らは逃げるのに必死だ、中には手段を選ばないやつもいるし、周囲に危険や被害が及ぶ。そうならないためにもちょっと荒々しい方法でも早く逮捕しなくちゃいけない。Do you copy?」
「それはそうかもしれないですけど、今月頭だって同じ規模の修理をしたんですよ! これはスペア機で、以前のバイクを早急に直す必要があるんです! いくらなんでも大切にしなさすぎです!」
「ああ面倒なやつだな。いいか? てめぇはてめぇの仕事をこなせばいいんだよ。お前の仕事は俺のバイクを直すそれだけだ」
「そんな言い方あんまりじゃないですか!」
「そこまで」

ヒートアップしそうになった口論を止めたのは成り行きを見守っていたデッカードだった。彼の足元には勇太もいる。デッカードはの身長に合わせるよう体を屈ませて言葉を続けた。

さん、色々苦労をかけてしまって申し訳ない。ただ、彼の言うことも一理ある。我々は市民を守ることが一番の使命なんだ。今日のところは抑えてくれないか?」

「……わかりました。デッカードがそうおっしゃるなら」

まだ何か言い足りないという表情だが、は頷く。誠実で仕事態度も真面目、何よりブレイブポリスの中で一番古株でリーダー的存在のデッカードにそう言われれば、了承するしかないのだ。

「んだよ、デッカードの言うことは聞くのかよ」
「デッカードはブレイブポリスのリーダーですから、これ以上責めることはありませんよ。その代わり、本当にお願いしますね? お金の問題もありますけど、これ以上残業が増えたら上にも下にも色々言われるんですから」
「もちろん、肝に銘じておくよ」

デッカードは爽やかに笑って返答した。その答えには満足したのか笑い返した。そんな二人にうんざりしたようにガンマックスは声を出す。

「けっ、やってらんねぇぜ」
「ガンマックス! どこ行くの?」
「休憩だよ! どうせバイクが壊れて出動できねぇからな!」

勇太が声をかけるが、振り返ることなくさっさと行ってしまう。まるでいじけてしまったような様子に残された三人はそれぞれ顔を見合わせた。

とはいえ、修理は行わなくてはいけない。明日のパトロールに間に合うようどうにか修理を済ませる。
これで間に合うな、というところまで作業を終えたら他のメンバーを帰らせて最終チェックは一人で行った。チェックのみ、とはいえ項目は多いため確認するだけでも一仕事だ。

黙々とチェックを続けていると、周囲の音が聞こえなくなっていた。そのため「おい」と声をかけられると、大袈裟に肩を震わせて悲鳴を上げた。

「ぎゃあ!」

驚いて振り返れば、悲鳴を上げられて逆に驚いた様子のガンマックスがいた。

「ガ、ガンマックス……?」
「何がぎゃあだよ、せめてもっと色っぽい悲鳴をだな」
「よ、余計なお世話です! 一体どうしたんですか?」
「そりゃこっちのセリフだ。お前こそ何やってんだ、こんな時間まで」

……こんな時間? そう言われ、時計を見れば想像以上の時間が経過していた。

「げっ、もうこんな時間!?」
「おいおい、時間も把握してなかったのか?」
「つ、つい……昔から熱中すると他のものに目が入らなくなってしまうもので」

苦笑して立ち上がる。立ち上がっても、ガンマックスとの視界の距離は少しも縮まらない。

「んで、最初の質問に戻るが何やってたんだ、俺のガンバイクに」
「ああ、メンテナンスの最終チェックですよ。明日は朝からパトロールでしたよね。それに間に合うように最終調整です」
「……へぇ、そいつはこんな時間までご苦労なこった。他の連中はどうしたんだ?」
「ええと、ここ最近ずっと頑張ってもらってましたから、早く上がってもらったんです」
「で、お前一人残ったと」
「誰かがやらないといけないですから」

はじろりと上を見上げる。

「そもそも、誰かさんがもっと丁寧に乗ってくれれば、私たちも残業続きじゃなかったんですよ」
「聞こえねぇな」
「もう、こっちは真面目に言ってるんですよ」

の呆れた声にガンマックスは肩をすくめる。それに苦笑してチェックシートに記入を続ける。

「明日の朝には間に合わせないと、ガンマックスも困るでしょう? デッカードにああ頼まれたらやらないわけにもいかないし」
「またデッカードかよ……お前は俺のガンバイクの機付長だろ? なんでそこまであいつに甘いんだ」
「甘いつもりなんてありませんよ。でも……デッカードは私が新人の頃から開発されていたブレイブポリスだから、確かにちょっと思い入れがあるのかも」

入社当時のことを思い出す。
その頃にはデッカードはほとんどできあがっていて、最終調整の段階にあった。新人だったはあまり携わることはなかったが、それでも当時機密扱いだったブレイブポリスの開発はワクワクした。

初めて作られたブレイブポリスで、あの真面目で真摯に仕事をするデッカードには確かに好感を抱いていた。

「……そんなにデッカードがいいのかよ」

まるで拗ねたような声に思わず顔を上げた。ガンマックスががこちらを見上げるとは思っていなかったらしく、目を逸らした。

ロボットは表情が硬く、感情が読み取りづらいがブレイブポリス達は結構分かりやすい。
彼の目はサンバイザーに隠れていてもその言葉や声音でガンバックスの感情が分かった。

「……嫉妬してるんですか?」
「バカ、違ぇよ!」

ガンマックスは声を荒げて言うが、余計に図星に感じて思わず笑ってしまう。彼は開き直ったのかもう一度こちらを見下ろした。

「……悪いかよ。お前は俺の専属であって、デッカードの専属じゃないだろ?」
「正確に言うと、あなたの乗っているバイクの機付長ですけどね」

悪い気はしない。
時には適当にあしらわれてしまうし口喧嘩をする。でも決して不仲というわけじゃないし、ガンマックスも少なからず自分のことを想っているのだと思うと嬉しい。

「ご心配なく! 私はガンマックス一筋ですから」
「は!? ……お前な、変なこと言うなよ」

ガンマックスはがからかっていることに気づいたらしく呆れたように返答する。それに笑い声をあげて最終チェックを済ませる。
彼と他愛のない会話をしながら作業を進める。ガンマックスはその場を去ろうとしない。残りのチェック項目はあと少しだ。

終えたあと、彼の「送ってやる」というぶっきらぼうな言葉を期待しながらもう一つチェックをつけた。

2024.05.06