君の恋はわかりにくい
私何やってるんだろ。自分のしていることが急に馬鹿馬鹿しくなってくる。
ショッピングウインドウに反射した自分の姿を見て、自分に心底呆れた。
憧れの人がいる。
私の片思いの相手、マクレーンさんは警視庁のAIロボット部隊ブレイブポリスの一人。前に危ないところを助けてくれたことがきっかけで好きになった。優しくて紳士的でとっても強い。でも、彼は人間ではなくロボット。
一生の片思いなのは最初から決まっている。
それに、マクレーンさんには好きな相手がいる。その人──せいあさんだってマクレーンさんを慕っている。両思いの二人の間にただの中学生の私が入る隙はほんの少しだってない。
でももし、もし少しでも可能性があるならと期待してしまう自分が嫌になる。マクレーンさんは私にいつも優しくしてくれる。
でもその優しさは、大人が子供に対して見せる寛容さが含まれていることは分かっている。いっそ、冷たくあしらってくれれば、もっと簡単に諦めがつくのに。
もう少し、大人になれば私にも可能性はあるだろうか。そんな根拠のない考えが脳を支配する。
慣れない化粧をして、髪を巻いて、中学生には似つかわしくない服を身に纏った。
デコルテが見えるニットはちょっと屈めば下着が見えそうだし、制服のスカートよりもうんと丈の短いタイトスカートは足元がスースーする。お店に飾られた時は大人っぽくて素敵に見えたパンプスも履いてみれば不安定で歩きづらいし、もう足の指が痛くなってきた。
痛む足に限界が来て、ベンチに座った。
座るのにも下着が見えないよう気をつかって落ち着かない。腰を下ろせば少し足の痛みが和らいで、ほっとした。
目の前の景色をみれば、様々な人達が行き交っている。カップルや家族連れ、友達同士やスーツ姿のサラリーマン……。
こんな格好したって、マクレーンさんが私を好きになるわけないのに。
どんな化粧をしても、どんな服を着ても、ただの中学生が背伸びしている風にしか見えない。たかが姿格好を変えただけのことで、マクレーンさんがどう思うかなんて変わらない。どんなに姿形を変えても、私は私のままだ。
なんだか惨めだ。深いため息が自然と出てくる。もう少し休んだら家に帰ろう。
「ねぇ」
声がかかって顔を上げると、知らない青年が二人。高校生か大学生だろうか。
「暇? 今から一緒に飯食べない?」
「え……」
驚いて声が出ない。これはナンパだろうか。ナンパされるのは初めてで、ちゃんと断ろうとしても口がモゴモゴしてしまう。
「いえ、これから行くところがあるので……」
「そう見えなかったけど? 暇なんでしょ?」
「奢るからさ、行こうよ」
青年たちは、強引に私の手に触れて引っ張った。引っ張られるがまま立ち上がると、痛む足に体重がかかって痛かった。
「さっきからちょっといいなって話してたんだよ」
「可愛いね、高校生?」
「あの、本当に……」
どうしようと戸惑っていると、視界が薄暗くなった。上に影ができたのだ。
見上げると「あ!」と声が出そうになる。さっきまで想っていたマクレーンさんがそこにいたからだ。
「ぶ、ブレイブポリス!?」
「マクレーンさん……?」
「失礼。様子がおかしいように見受けられたので声を掛けさせてもらった。何かトラブルでも?」
「あ、いや……」
助かった。マクレーンさんの方へ駆け寄って、彼の後ろへ隠れるように回った。
「その、その子がちょっと困ってたみたいだったから声をかけただけで……」
「そうか、彼女には私から話を聞いておこう」
マクレーンさんの声はいつものように穏やかで紳士的だ。青年たちはそそくさと去っていく。
その姿が消えるのを見て、やっとでホッとした。マクレーンさん、ありがとう。とお礼を言おうとするけど、言葉を遮られた。
「それで、君は何をしているんだい? 」
「え……ええと、お買い物をしてて」
何をしている、と聞かれればそう答えるしかない。しかし、マクレーンさんは深くため息(排気、というべきなのかな)をつく。
「そうじゃない、そんな格好で繁華街でうろついていれば、不要な誤解を招くだろう。君は中学生なんだ。もっとふさわしい格好があるはずじゃないか」
いつも優しいマクレーンさんの声が、少し鋭い声で私を咎めた。
その言葉は私を鈍器で殴るのと同じくらい、衝撃だった。彼に少しでも振り向いてもらいたくてした格好にそう言われてしまえば、こんな格好をする自分が惨めで嫌いになってくる。
「ご、ごめんなさい」
「あ、いや……謝ってほしいわけじゃない。ただ、君のことが心配なんだ」
情けないことに声が涙で震えてしまった。そのことに、マクレーンさんが慌てて言葉をかけてくれる。
「その、人間の女の子のことはよくわからないし、もしかしたら君もそういう年頃なのかもしれない。だが、あまり急いで大人にならなくてもいいんじゃないか」
「……はい、私も軽率でした。あの、もう帰りますから」
「うん、それがいい。本当は送ってあげたいが……」
「だ、大丈夫です。一人で帰れます」
こんな惨めな気持ちで、片思いの相手と一緒にいるのはさらに情けない気持ちになる。気持ちだけ受け取って、帰ることにした。
マクレーンさんにもう一度頭を下げ、駅のホームへ向かう。彼の姿が視界から消えると、涙が滲んできた。
***
「……はぁ」
を見送り、姿が消えるのを見守ったマクレーンは、もう一度息を吐いた。人間のように後頭部をかく。
──もっと、気の利いた言葉をかけてやるべきだったろうか。彼女の酷く傷ついた表情を思い出して後悔した。
揉めていそうな男女を見かけ、声をかけた時、その女性がだということに気づいた。
制服姿や、年齢に相応しい服装をしているのは見かけたことがあったが、いつもと違う容姿に内心驚いた。なぜ、そんな格好を、という問いかけは自分の中で処理された。
いつもと違い、肌を露出しているのは、異性へのアピールではないかと邪推してしまう。子供とはいえ、異性を意識してもおかしくない年頃だ。
そう思うと、胸に濁ったオイルが流れるような澱みを感じた。いくらでも褒めるところはあったはずなのに、難癖をつけてしまった。
「全く、勘弁してほしいな」
相手は子供だと、これまで自分に言い聞かせて誤魔化していた。しかし、彼女が女性であることを思い知らされてしまう。
もう自分の気持ちを誤魔化すのはできないだろう。
2024.02.05 title by エナメル