残滓 02直接的な描写はないけど性的注意。あと沙明がクズめ
「あの、さん大丈夫? お腹痛いです?」
そっとオトメが囁くように声をかけてきた。ハッと顔をあげるとその場にいる全員が私を見ていた。今が議論中なのに、つい気を取られていたようだ。
「ご、ごめんなさい。ちょっとボーっとしてた」
「ま、黙ってる奴を責めるのはセオリーだよね」
「ムキュ……そういうつもりじゃなかったんですけど、どうかしたのかなって、心配で」
ラキオのさりげない言葉にオトメは否定しながらも不安そうにこちらを見つめている。ずっと黙っていれば、その分怪しまれる。それは経験済みで分かっていたこと。でも思わず昨日のことを思い返していたら発言を忘れてしまっていた。
「他の男のことでも考えてたんじゃねーの?」
小馬鹿にしたように沙明が言う。いつもなら、適当あしらうことができたのに、その言葉が冷たく私の心臓を刺した。動揺を隠しながら否定する。
「何それ、適当なこと言わないでくれる?」
「お、その必死な様子だとマジらしいな!」
「そこまで。その話は議論には関係がない。それに、彼女の沽券に関わる発言は控えてもらおうか」
沙明の冷やかしが目にあまったのかそこでセツが止めてくれた。セツが「話を戻そうか」と切り替えてくれたのを聞いてホッと胸を撫で下ろした。セツが議論に話を戻し、それに耳を傾けながら沙明の顔を盗み見る。私を見て何か含んだ笑みを浮かべていた。けれど、何だろうか、まるで何かに耐えるように作ったような笑い方をしていた。違う感情を笑うことで押さえ込んでいるような、そんな表情。沙明は何を押さえ込んでいるのか、分からなかった。
その議論でコールドスリープされるのはしげみちに決まった。肩を落とすしげみちにシピが「見送るぜ」と声をかけている。このまま自室に戻る最中に沙明にまた絡まれるのが嫌で「私も!」と声をかけて便乗させてもらった。
コールドスリープ室でシピと二人でしげみちのコールドスリープを見送り、一息つくと彼が「それで」と声をかけてきた。
「沙明と何かあったのか?」
「え?」
「いや、俺の勘違いなら別にいいんだけどよ、なんかお前たちの様子がおかしかったからさ」
やっぱり、皆には気づかれていたのかもしれない。息を吐いて観念したように口を開く。
「喧嘩……ってわけじゃないんだけど、ちょっと雰囲気悪くなっちゃって」
「そういうのは辛いよな。ましてやこんな状況だしよ」
青年の方のシピは眉間に皺を寄せ、首元の黒猫のシピは金色の目を細めた。気持ちを理解しようとしてくれる人が一人でもいるのは心強いものだと思う。
「実を言うと沙明と顔合わせるの気まずくてついてきたんだ」
「大体そんなことだろうと思ったよ。俺たち相部屋だろ? なんか昨日から機嫌悪そうだなって思ってたんだよ」
「そうなの?」
「ああ、空間転移前に戻ってきた時は仏頂面してたな」
昨日の夜は沙明のインタビューのやりとりをしていた。あの回答の中に何か気に食わないものがあったのだろうか。一体何が沙明の機嫌をそこ出てしまったのだろう。
「まぁ、何があったのか知らねーけど、できることがあるなら協力するからよ、お互い無事に生き残ろうぜ」
「ありがとう、シピ」
どうやらシピは協力関係を結びたいらしい。今回のループで私はシピはまだそれほど疑っていない。協力関係を結ぶことにした。
自然とそろそろ戻ろうということなり、上のフロアに戻った。ほんの少し廊下を並んで歩いていると通路を塞ぐように立つ沙明に出会した。
「へぇ、今度はシピに乗り換えってわけか」
まるで私を責めるような口調で沙明は言う。
「そういう言い方はやめて、沙明」
「本当のことだろ? お前、優しくされれば誰だっていいのな」
再び、沙明の言葉が冷たく鋭く私を射抜く。前のループの時の沙明のことを思い出す。彼は、相変わらず軽口を叩いてはいたが、優しい言葉をかけ、身体を気遣ってくれた。私が好きだった沙明は優しい人だった。けれど、目の前の彼はその優しさを持たない別人のようだ。
不快な言葉を投げかけられて否定しようと口を開くのに、唇は重く、喉がつっかえてしまう。そんな私を見た沙明の口元が少し上がる。私の反応に少し満足したらしい。すると、シピが前に少し出た。
「何が気に入らねーのか知らないけどよ、あんまに強く当たってやるなよ」
「気に入らない? ハッ、何のことかよく分からねーな」
分かりきった嘘を言う沙明は私たちに道を譲るように壁に背をもたれさせ、「もう行けよ」と促す。シピは私を少し見て、沙明の横を通り過ぎる。沙明から十分距離ができたと思って後ろ振り返ると、沙明がじっとこちらを見ていた。その視線は真っ直ぐこちらへ向けられていて、射抜かれたように心臓が跳ねた。すぐに視線を戻して前を向く。距離もあったし、一瞬だったので表情まではよく分からなかった。でも、一体なぜこちらを見ていたのだろう。
「あいつ、やっぱ様子変だな」
シピは訝しげにそう私に聞いてくる。私もその通りだと思ったので頷いて見せた。
これまでのループでも沙明があんな風になるのは見たことがない。一体、彼はどうしてしまったのか。
その二日後にシピはグノーシアの襲撃に会い、この宇宙から消滅してしまった。
議論を重ねていくと、次第に人数も減っていった。残り人数も片手の指で数えられる程度しか残っていない。未だにこの宇宙は続いている。ということはまだグノーシアが残っているということだ。議論を終え、自室に戻って過ごしていると沙明が尋ねてきた。
「よお」
沙明はずかずかと部屋に入ってきた。どうしたの? と返す前に私の身体を押した。突然のことに対応しきれず人形のようにベッド上に倒れ込んでしまった。何が起きているのか分からず、私の上にいる沙明を見上げることしかできなかった。
「気づかなかったのか? 俺がグノーシアなんだよ」
ああ、そうだったのか。と心の中で思う。もう一人のグノーシアはおそらくククルシカだろう。気づいていたけれど、彼女に票を集めきることができなかった。でも、もう一人が沙明だったとは予想していなかった。
「私を消すの?」
「なーんか、余裕そうだなお前」
それもそうだ。こちらは何度も消されているのだ。慣れもする。沙明は期待していた反応とは違ったようで、顔を顰めさせている。
「まーいいけど、すぐに消すつもりはねーよ」
それは困る。銀の鍵のループ切り替えタイミングは銀の鍵次第だ。コールドスリープしたり、消されればすぐループされるが、グノーシアを生き残った時が一番悲惨だ。グノーシアとして残った乗員に何をされるか分かったものじゃない。SQやステラなんかと残ると悲惨だが、沙明がグノーシアだった時、彼から酷い目に合わされたことはほとんどな。でも、十分不安にさせられた。
沙明は私の上に馬乗りしたまま服を脱いだ。「は……」と私の間抜けな声が息として漏れる。半身裸体になった沙明がこちらを見下ろす。
「このまま消すにゃもったいねーだろ? だからお前のセカンドバージンもらってやるよ」
ちろと舌を少し出して舌なめずりをする沙明はとても楽しそうだった。議論の時や、インタビューの時とはまた違う楽しそうで、妙に鋭い目をこちらに向ける。グノーシアになった人物は、本来の性格から残虐性が増すことがある。けれど、彼がグノーシアだった場合、そういった残虐性はあまり見られない。こうやって迫られるのも初めてだった。
「心配すんな、初めてのオアイテより俺のはもっとイイぜ? そいつよりもヘヴンに連れてってやっから」
そいつ、と言っているのが誰のことかすぐに分かった。その人は沙明であって、沙明ではない。沙明が口元を私の耳に寄せる。
「どうせなら俺に上書きされて消えちまった方がよくね? なぁ?」
くぐもった彼の笑い声が至近距離で聞こえ、身を捩らせたくなる。それを沙明が身体を押さえ込んで許さない。
「」
耳元で低く囁かれる。初めてのあの時の記憶が封印していた脳の奥から蘇ってくる。同じ声で同じ響き方で、あの時も名前を呼ばれた。感情が抑えられない。溢れてくるものは、もう押さえ込むことができない。
「あー俺ってグノーシアらしくねーな、こんなに優しいなんてよぉ! ヨガってイきながらグノースに精神溶かすなんて最高じゃね?」
彼のテンションはやけに高い。それは、これからのセックスに興奮しているからなのか、グノーシアになってしまったからかは分からない。抵抗する気力もなく、一生懸命塞ごうとしていた蓋のこともどうだってよくなってしまった。この沙明が満足する限り、次の宇宙へはループできない。でも、このまま抱かれて消されるのは癪だった。この沙明に一刺ししてやりたくて、重い口を開く。
「なんで、二度も沙明に奪われないといけないの?」
そう言うと、沙明が訳が分からない、というような表情でこちらを見下ろしてきた。目が点になり小さく「は……?」と息を漏らす。その表情が何だか間抜けでグノーシアらしくなくて笑いが止まらなかった。
笑いすぎて涙が出た。