残滓 01直接的な描写はないけど性的注意。あと沙明がクズめ

セツが苦々しい表情で娯楽室に向かって行くところを呼び止める。流石に今回は止めなくては。

「セツ、私が沙明を呼んでくるよ」
「え、気持ちは嬉しいけど……が気を害することになるかもしれないよ」
「私のループだと直近三回連続で沙明がセツにやられちゃってるの。四回連続は、ちょっと……ね?」

事情を説明するとセツの表情が変わった。申し訳なさげに目を伏せる。

「そ、そうか。じゃあ、お願いしようかな。ええとその……ごめんね?」

セツのシュンとしている姿があまりにと可愛らしくて少し笑ってしまった。セツが毎回「またやってしまいました」と報告するたびにやってしまったのは仕方ないねと流していたけれど、回数が三回に重なると少々彼が可哀想だったし、沙明の役職が何だったかを考慮しながらの議論はちょっと疲れて来た。「気にしないで」と答え、セツは先にメインコンソールへ、私は娯楽室へ向かった。

「というわけだから命拾いしてよかったね、沙明」
「というわけってアンタまだ何も説明してねーじゃん」

娯楽室でサボろうとしていた沙明に経緯の説明を省いてそう言うと、怪訝そうにツッコまれた。

「このままだとセツが実力行使しかねないから」
「ふーん、要するにセツの代わりでアンタが来たってワケね。お堅い軍人さんよりかはアンタみたいなお人好しそーなのが来てもらった方がこっちとしてもやり易いわ」

沙明はニヤニヤと私を品定めするように視線を上下する。嫌な言われように不快値が増加する。言葉と目線を思考から振り払おうと適当に返事をすることにした。

「はいはい分かったって。ここにずっといたら沙明がコールドスリープすることになるけど、それでもいいの?」
「ハッ冗談じゃねぇ。下手に喋ってグノーシアに目つけられて消されるよりか冷凍庫送りにされるほうがずっとマシだわ」

これまでのループの中でも似たようなことを言ってたな、と懐かしくなる。でも、ここにはエアロックから放り投げれるような腕力のあるセツもいないし私では説得力がない。

「もしこの船がグノーシアに掌握されたら、氷漬けにされたまま消されると思うけど?」
「んな脅しで俺が動くと思ったか? ノーーープロブレゥ! つーかそんな説得じゃちっともエレクトしねーな、もっとこう色気で迫ってくるとかしたらどーよ。そしたら俺もちったぁヤる気出てくるんですけどねぇ?」
「そういうの、いいから」
「おー! なんか反応ウブいねぇ! さてはあんた処女だな?」

セクハラ発言にため息が出た。はぁ、なんで毎ループ沙明はいつもこうなのだろう。その質問も初めてではなかったりする。呆れて物が言えないでいると何か勘違いしたのか沙明が「お? お?」と何か確信づいたような声を出す。

「黙ったところを見ると図星だろ? ハッハァ! 大当たりだな! だったら俺がもらってやろーか?」
「もってないものはあげられないでしょ」

きっぱりと答えると大笑いして楽しそうだった沙明の表情が変わった。言葉の意味が分かったらしく笑みは引いていき、目を点にさせている。彼の一度盛り上がったテンションが突然下降したのが分かった。しかし、目はこちらに向けられたままで、じっとりと私を見る。

「……へーえ?」
「何その反応。いいから早く来てよ」
「いつ卒業したんだよ?」
「……それ、答えないとダメな質問なの?」

ここまでくるとイラついてきた。やってしまうセツの気持ちがじわじわ分かってきた。沙明は面白いおもちゃを見つけたようにニヤニヤ笑っている。

「だってよ、セックスのセの字も知らなそーな大人しい優等生がよ? 実は非処女とか……エロくね?」
「全くもって、その考えに共感できない」

もういい加減、放っておいてセツに「ダメだった」と泣きつきに行ってしまおうか。そう思うくらいには不快だった。もしそれでセツがやってしまっても……うん、仕方ないって流せそう。

「それ聞いたらグノーシア探しに付き合うからよ、な?」
「……はぁ、まぁ大体……三ヶ月前くらいかな」

どれくらい前だったかは曖昧だ。幾つもの宇宙をループしてきたのだから、時間の感覚はすぐに狂ってる。

「けっこー最近じゃん」
「まぁ、ね。ほら、約束守ってよ!」

これ以上ここにいたらまた何か詮索されかねない。逃げるように娯楽室を出て行くと、後から気だるそうに沙明もついてくる。とりあえずは、ミッションクリアだ。ほっと胸を撫で下ろすが、内心では乱れそうになる感情を抑えるのに必死だった。心臓がバクバクと鳴っている。過去に塞いだ蓋が今にも弾け飛びそうな感覚がして胸が苦しい。
ループを繰り返していれば時間の感覚はないのも同然だ。だから三ヶ月、というのは私のなんとなくの感覚でしかない。
初めての相手は沙明だった。

メインコンソールに沙明がやってきたのを見てセツは私に小声で「ありがとう」と微笑んでくれた。その笑みで限界値スレスレまで溜まった不快値が下がった。役者がかけることなく議論を始めることができ、終えた後セツが改めてお礼を言いにきてくれた。

「すごいよ、。もう少し遅かったら様子を見に行こうと思っていたんだ。どうやって彼を説得したの?」
「う、うーん? ちょっとお話ししたら行く気になってくれて……」
「そっか、君の言葉ならもしかしたら彼も素直に聞いてくれるかもしれないね」

それは、どうだろう。ともかく、明日からはちゃんと沙明も参加するだろう。疲れはしたがこれで解決した……と思っていた。

「フゥー! ドキドキ質問タ〜イム」
「……」

どうしてこんなことになってしまったのか。セツと別れ自室へ戻ろうとしている最中に沙明に半ば強引にここまで連れてこられた。幸か不幸か、娯楽室には誰もいない。

「んだよ、ノリわりーな。盛り上がってくれねーとこっちも上がんねぇじゃんよ」
「なんで盛り上げる必要が……? それで私に何か用なの?」
「そりゃ決まってるだろ、さっきの話の続き、聞かせてもらおうか」

深い深いため息を思わずついてしまう。何かと思ったらそのことを蒸し返されるとは。私にとって、その話はあまり思い出したくないものだ。

「……悪いけど、あまり話したくないんだけど」
「へーえー? んじゃ明日から俺が議論に参加しなくてもいいってことだな?」
「……参加させるなら話せってこと?」
「ザッツライッ! んだよ、話が早くて助かるな!」

沙明はとても楽しそうだ。そりゃ私を面白半分でからかっているのだからさぞ楽しいだろう。頭が重たくて思わず自分の頭を抱える。なんで、私の情事の話を聞きたがるのか。それも、相手は自分だっていうのに。まぁ、相手はこのループの沙明ではなく、以前のループでの沙明なのだから、知らなくて当然なんだけど。

「……はぁ、分かったよ。でも明日からは真面目に参加してよね」
「OKOK! こうして向かい合うとなんかAVデビューもののインタビューみてーだな!」
「お願いだから私の分かる話をしてくれる?」

よく分からないけど、ろくでもないことであることは確かだ。ソファに向かい合い、沙明の質問を待つ。

「そんでそいつは? どんなやつだった?」

目の前にいる人だね。……とは流石に言えない。言葉を選びながら声にしていく。

「ええと……知り合いって程度の関係だったんだけど、悪い人ではないかな。その時は私に気をつかってくれたとは思う」
「きっかけって何だったワケ?」

きっかけ、と言われて思い出していく。記憶を思い出せば、丁寧に蓋をした気持ちも溢れ出そうだった。喉がつっかえて少しだけ苦しい。

「うまくいかない時が続いて、落ち込んでた時に慰めてくれたのがその人だった。まぁ、それがきっかけかな」

グノーシアの騒動に巻き込まれ、ひたすらループする日々。同じ境遇のセツがいるのは心の支えになっていた。けれど、休む暇もなく絶え間なく、銀の鍵は情報を集めろと永遠と同じ時をループさせる。そして、疑い疑われ……気持ちが休まらなかった。
ある程度ループ回数を重ね、慣れてきた頃、私は中々生き残れないことが続いた。疑われてコールドスリープをし、グノーシアに消され、グノーシアが最後まで生き残ってしまう……笑顔でそのループを終えられないことが続いていた時があった。疑うことも疑われることも精神的に参ってしまった。
何を血迷ったか、そんな時に私は沙明に自分の気持ちを吐露してしまった。もっと適役がいたというのに今思うとなぜ沙明だったのか。彼がすぐ目の前にいて吐き出したかったのか、彼が話せと言ってくれたのかは今となっては思い出せない。
そんな時に彼はベッドに誘ってきたわけだ。最初は断った。沙明とは、というより船内の乗員とそういう関係にはなるのは憚られる。そして、何よりも……私はそういうことをしたことがない。だから未知のことへの怖さもあった。そう言って断った。しかし、沙明の言葉につい耳を傾けてしまった。

「怖いより先に“気持ちイイ”が勝っちまうかもよ? こう言う時だからこそ辛ェこと忘れちまったほうがいいんじゃね?」

もはや、麻薬の売人のような売り言葉だ。でも、精神を疲弊していた私には十分な誘い文句だった。この辛いものを忘れられるなら、と、頷いてしまったのだ。

「……OK、俺に全部任せとけばいいから」

耳元で沙明が囁く。その低く掠れた声は私の鼓膜を心地よく震わせた。その感覚を今でも覚えている。

「……で、よかったわけ?」
「ううーん……正直痛かったかな」
「んだよ、そいつ下手くそだったんじゃん?」

沙明の悪態に吹き出してしまった。ある意味自分で自分を乏しているようなものだ。

「そういうのはよく分からないよ、初めてだったし」
「なら、俺と比べてみるっつーのはどう?」
「や、意味がない、かな?」
「は?」

だって、初めての相手も沙明だったのだ、比べることなんて意味がない。

「でも、すごく私のことを気遣ってくれたよ。気持ちいいとかはよく分からなかったけど、それが嬉しかったかな」

思わず口元が緩んでしまう。痛みは確かにあったし、身体も辛かった。けれど、その時の沙明は優しかった。たとえ一時のものだったとしても、辛いものを忘れることができた。

「……ふぅん」

沙明の声が低く唸り声のように響く。顔を上げると、彼は目を細めて遠くを見つめている。さっきまでの楽しげな様子はなく、指先でソファの背をトントンと叩き、何か考えているような様子だった。
彼のことだからもっとテンション高くあれこれ突っ込んだ話をさせられるかと思っていたのだが、急にテンションが下がっているのがあからさまに分かる。……まぁ深いところを聞かれても私が困るんだけど。

「……どうかしたの?」
「別に、何も。そんでそいつ今何してんの? 結局どーなったんワケ?」
「どうもならないよ。彼とは……それっきり会ってない。今頃私のこと忘れて元気にしてるんじゃないかな」

その情事の後、グノーシアによって私は消されてしまったのだ。きっと、あのループの沙明は私のことを忘れてしまっただろう。願わくば、生き残って船を出てくれていると嬉しいけど。
正直に答えたのに沙明の機嫌はなぜか低空のままだった。先ほどまで浮かべていたニヤニヤの笑みが消えて、眉間に皺を寄せている。苛立ちを隠すように口元を歪めて私をじっと見つめてくる。

「沙明?」
「いい奴みてぇだったな?」
「な、何が?」
「そんな顔で隠したつもりか? たかが一度寝たくらいでいい女ぶってよ、思ったより大した話じゃねーな、期待よりもエロい話でもなかったし」

勝手に聞き出して勝手に期待していたのに何を言うのか。さぞ、つまらなかったのだろう。あくびをしてもうこちらに興味がない、という風だった。
先ほどの沙明の言葉を思い出す。私の顔を見て隠しているつもりか? と聞いてきた。隠せていないのかもしれない。きっかけがセックスをしたから、とは思いたくないけれど、あの時確かに沙明に惹かれた。でも、その想いは報われることはないことは分かりきっている。ループを重ねれば、次に会うときは関係性はまた変化する。叶うことは、決してない。だから、この想いに蓋をした。これでいいのだ、と言い聞かせて。
再び蓋は開いてしまった。でも、報われないのは分かっているし、目の前にいる沙明はあの沙明ではない。本人なのに、他人でもある。この想いをもう向けられる人はもうどこにもいないのだ。