そのための小指※4話終盤あたりの時系列
※アニメ現行中に書いたものです。矛盾点ご了承ください。

降り注ぐように、頭上高くからする少しこもった声。足音が遠くから近づいてきていたので、彼が近寄ってくることは分かっていた。
今は誰にも会いたくなくて、旧格納庫の影で膝に顔を埋めて座っていた。でも、案の定見つかってしまった。
顔を見られるのが嫌で、顔を埋めたまま声を震わせる。

「……何?」
「こんなところにいたのか。イサミが探していたぞ。さぁ、一緒にイサミのところへ行こう」

このブレイバーンという正体不明の機械生命体はいつも大げさに言葉を話す。今はその声も私を不快にするだけだ。

「今は行きたくない。あんた一人で行けば」
「そう言うわけにもいかない。日も暮れてきた。このあたりの地域は暖かい気候だが、体が冷えてしまっては大変だ」
「放っておいてよ! ……誰にも会いたくないの」

思わず声を張り上げれば、ブレイバーンはしばらく黙った。

謎の機械生命体が各国を襲撃している。故郷の日本も標的となっていて、あちらにいる人達と連絡が取れないままとなっていた。
つい先ほど、送った探査機による中継映像で日本の状況を見る事ができた。火の海だった。私の知っている日本ではなくて、ショックで言葉を失った。
みんなが同じだ。泣き崩れる人だっていた。錯乱する頭のまま、ふらふらとこんなところまでやってきてしまった。

遠くから海の潮騒が聞こえてくる。その音に乗るように、機械の軋む音がした。
顔を埋めているからわからないけれど、おそらく彼が屈んだのだろう。声がもっと近くで聞こえた。

、顔を上げてくれないか」
「イヤ」
「頼む、私が見たいんだ」

後頭部から押さえつけられているように頭が重たい。でも、彼の言うことを聞かないと拗ねた子供のように思われるのも癪だ。顔を上げると、濡れた頬が気化熱で涼しくなる。間の悪いことに、それまで落ちかねていた涙が頬を伝うのが分かった。
それでも頭上にいたブレイバーンの顔を睨みつける。

「泣いていたのか」
「だからイヤだったんだよ、こんな顔……誰にも見られたくなかった」
「すまない。君の涙を拭うには、私の指は少し太すぎるな」

ブレイバーンの手が近寄ってきて小指にあたる指を差し出される。彼にとっては指一本でも、涙を拭うには太すぎる。その指を払うように抑えた。

「いいよ、別に……」
「故郷があんな風になれば、誰だって辛い。の気持ちはわかる」
「あんたに何が分かるの。故郷が、あんなふうになって……家族も友達もきっとみんな……」

故郷のことが不意に思い出されてまた鼻声になりそうだった。誤魔化すつもりで立ち上がって咳をする。

「分かるとも。イサミが辛いなら私も辛い。しかし、君が辛いのならイサミが辛くなる。そして、私も同じだ」
「あぁ、そうですか……」

このロボットはなぜこうも兄に執着しているのだろう。正体が分からないのと同様に、その理由も不明だ。
でも、ここしばらく彼がこの基地に居座るようになって、少しだけブレイバーンのことが分かってきた気がする。兄への執着は相変わらずだけど、彼には彼の矜持があって考えがある。それも的外れなことばかりでもない。目的や正体は分からなくて不気味だけど、故郷の日本があんな風になった今、私たちは彼に頼る他ないのだ。

「だが、心配しなくてもいい! 私も共に君たちと戦う、厳しい戦いには違いないが、全力を尽くそう」

一体その根拠のない熱意はどこから出てくるのだろう。一周して何だかおかしくなって薄く笑った。

「兄さんがあんたと一緒にいるなら、兄さんは安全だね」

兄が安全なら、それはそれで安心だ。家族を失う心配はない。
ぼやくように言うと、ブレイバーンが立ち上がって「それは違う」と言う。

「絶対安全、というのは保証できない」
「え?」
「私はイサミを護る。だが、同時に私たちは共に戦っている。戦いである限り、そこに絶対安全ということはないんだ」
「……そうだよね、ごめん。戦いだもんね」
「謝ることはない。私たちの強さを信頼してくれているのだろう?」

その問いに吹き出して「そうかもね」とだけ返した。そうすると、ブレイバーンが手を差し伸べた。どうやら乗れと言っているらしい。

「さぁ、帰ろう。このほうが早く帰れる。すまないが私の中は──」
「分かってる、兄さん専用でしょ。私も中に入りたくないっての」

彼の手のひらに乗り込むと宙に浮いて体がよろめいた。立っているとバランスが取れないので座ると、彼はそのまま私を運んで移動する。大きくゆらゆらと揺れてまるでブランコに乗っている気分になる。

倉庫の外はもう日が暮れてやがて夜になる色になっていた。風が心地よくて何だか清々しい。ずっと向こうに海の向こうで沈みかけている太陽を見た。もうすぐ夜がやって来る。
ハワイへやってきて何度目の夜だろう。ここへ来てからずっと心配しかしていない。慣れないことばかりで、兄も皆も不安や心労が溜まりつつある。それでも、自衛隊はタフだ。仲間はみんな気丈に振る舞っている。

「……でも、心配だな。兄さん、プレッシャーに感じてそう」

兄は昔からそうだった。何でも自分でやろうと背負い込もうとする。大変そうだから手伝おうとすると「お前は何もしなくていい」と突っぱねるのだ。
……今回はその負担が大きすぎる。人類の存亡という、とてつもなく大きな物が兄の肩に掛かっている。

「守ってね」
「ん?」
「兄さんを守ってね、ブレイバーン。兄さんはもう、私のたった一人の家族なんだから」

私の頼みにブレイバーンが何を思ったのかは分からない。でも、少し黙って、いつもよりもうんと穏やかで静かな声で返答をした。

「……ああ、必ず。約束しよう」
「約束ね」

振り返って私は小指を差し出した。そうすると、ブレイバーンが少し面食らったような表情をする。なかなか見られない顔だったので思わず笑った。

「指きりだよ。約束する時こうして小指を絡ませるの。知らない?」
「なるほど、小指を出すのか。しかし、私とのとでは、大きさが違いすぎるな」

ブレイバーンが差し出した小指は木の幹のように太い。

「こういうのは気持ちの問題だから」
「……そうだな。約束だ、必ず護る」

私たちは笑い合ってお互いの指で触れ合う。小指の爪が彼の硬い金属の皮膚に当たって小さくカツンと音が鳴った。

「必ず護る」
「もー分かったって」

くどいくらい、ブレイバーンはそれを言う。こちらをじっと見てそういうものだから何だか鬱陶しくて冷たく返してしまった。
その言葉に向けられたのは兄なのか、それとも。

2024.02.10